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偽龍の寵姫  作者: 射剱
第二章 夕雩
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女武官1

 せつは屋敷から本殿へと向かおうとしていた。

 朝っぱらから篤驥とくきに呼び出されていたのだ。

 本当は行きたくなかったがわざわざ真梶を介して断るのもかえって面倒くさかったのでおとなしく本殿へ向かうことにした。

 しかし、いざ紲御殿の門の前に来ても篤驥や迎えの人らしき姿はない。

 桃の木が一本、図太そうに生えているだけだった。

 当然ただっ広い城のつくりなど覚えていないからあてもなくぷらぷら歩くことにした。揲はジッとしているという行為を知らない少女だったのだ。

 紲御殿から離れようとしたその時「ねえ、君!」と揲を呼び止める声がした。

 迎えの人物かと思ってあたりを見回すも声の主らしき人物はいなかった。気のせいだろうと再び前を向くと慌てたような声が飛んでくる。

「上だよ、上!」

 上と言われても特にピンとこない。三秒ほどたってようやく言葉の意味に気がつき傍にあった桃の木の上に目をやる。

 そこには一人の青年が木の幹に震えながらしがみついていた。その顔は恐怖に歪んで真っ青である。

「助けてくれ!俺、高いところダメなんだ!」

必死の形相で彼は揲に助けをもとめた。その迫力にどうしたものかと考えをめぐらせる中で揲はまじまじと怖がる彼を見つめた。

「あなた……大人、ですよね?」

なぜか自信なさげに声が小さくなってしまった。

 それとは反対に彼の声は開き直ったかのように大きくなる。

「なんだよ⁉大人がこわがっちゃ悪いの⁉いいからはやく上ってこい、クソガキ!」

 クソガキ、という言葉に腹が立ったので近くにあった石ころを彼の顔面めがけて投げてやった。

 見事そのつぶての弾丸は青年の額に命中し、そのはずみで体勢をくずした彼はそのまま地面に落ちていった。

 ドサッという鈍い音と共に広がる砂埃の中揲はやってしまったと頭を抱えた。

 あの高さから落ちたとなると足の骨の一本や二本折ってしまっているかもしれない。打ちどころが悪いと最悪の場合は……。

 その時は葬式くらい出てやろう。さすがに殺すつもりのない人間を殺してしまったとなるとこちらも目覚めは悪い。

 揲は未来のかわいそうな自分を想像してため息をつく。

 やがて砂埃がおさまって彼の姿があらわになる。その様子に揲は思わず息をのんだ。

「嘘でしょ……」

彼は立って地面に着地していたのだ。

 揲はもう一度先ほど青年が震えながらしがみついていた木の枝を見た。

 地上から二人分ほどはなれているあの高さから飛び降りて二本の足で立っている。人間業にんげんわざではない。

「やってくれたじゃない?クソガキ」

 怒りをまとった彼が顔をあげて揲を睨んだ。

 その殺気に息がつまる。首を締めあげられているように錯覚した。

 先ほど木の上で震えあがっていた人間とはまったくの別人である。

 彼が一歩、揲に近づいた。それでも金縛りにあったように体が動かない。恐怖と困惑でゴクリと唾をのんだ。

 その時である。ビュッと音を立てるほど強い風が宙を斬った。そのはずみで気に実っていた一つの桃が地面に落ちる。

 それをたまたま手でとらえると何故か彼の放つ殺気は無くなっていた。そのかわり何か物欲しそうに青年は揲を見つめている。

「ねえ、君」と彼が木の上でおびえていた時と同じように揲へ語りかけた。

「……仲直りしよ」

青年がとってつけたような笑みを浮かべこちらに握手を求めてきた。疑問に思いながらも揲はその握手に応じてやる。

 すると彼は子供がするようにつないだ手をブンブン振った。先ほどのあの殺気を前にして否とは口が裂けても言えない。

「ということで桃は頂くよ」

いつの間にか握手した手とは逆で持っていた桃が消えている。すでにその桃は青年の口の中に運ばれているところだった。

 揲はキッと彼を睨みつける。

「……この泥棒‼」

「さっき俺を殺しかけた君に言われたくないね」

痛いところをつかれ、揲は唇をかみしめながら押し黙った。

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