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偽龍の寵姫  作者: 射剱
第二章 夕雩
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真龍6

 篤驥が本殿に戻ると『《《龍》》』は玉座の上で気持ちよさそうに寝ていた。

 主である彼の本当の名を篤驥は知らなかった。ただ、彼のことを『真龍しんりゅう』だと思っている。

 だから心の中では民と同じように彼を『龍』と呼んでいる。

 起こすのも悪いと思い、篤驥は出直そうと龍に背をむけた。

 やがて2、3歩足をすすめたところで「篤驥」と自らの名を呼ばれる。その言葉には芯がなく、彼はさぞ気持ちよく寝ていたのだろうと想像できた。

 振り返ると案の定彼は眠たそうに目をこすってあくびすらしている。いつもなら「はしたない」と咎めるも今日は疲れていたため彼を注意する気力すらなく、黙って彼の歯の裏まで見えそうなくらい大きなあくびを眺めた。

「揲は?」

ねぎらいよりも先に龍があの娘のことを訪ねることは予想していた。それゆえこちらも形式通りの返事をしてやる。

「揲様なら真梶様にお預けしました」

 ふーん、と彼は面白くもなんともない様子でうなずいてから傍らにいた侍女に茶を持ってくるよう偉そうに指示を飛ばした。

「『様』ってつけるのか?揲に」

 どこか不機嫌そうに龍は言うと茶を運んできた侍女を「やっぱりいらない」と追い返し彼女を困らせた。

 彼のわがままで彼女が困るのはかわいそうだったから篤驥が代わりに茶を所望した。

 主君の前で飲食をするなどもっての他だがその行為を龍が咎めることはなかった。さして興味がなかったのだろう。

 彼は窓から見える闇夜——北西の窓を見ていたから紲御殿きずなごてんを見ていたのかもしれない——をジッと見つめていた。

「……当たり前です。

……宗主、彼女の見張り役として私をつけたのはいやがらせですか?」

 ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。けれども彼はまさか、と言って笑い飛ばすだけでまともに答えようとはしない。

「なぜ余がお前に嫌がらせをする必要がある?

 ただ、そろそろお前もはっきりした方が良いのではと思ってな。もしあの娘と余が争うことになったら……篤驥はどちらの味方をする?」

やっぱり嫌がらせと同じじゃないか! 、と篤驥は心の中で舌打ちをした。

「私の主は《《二人》》いるとしかお答えできません」

そう言うと今度は龍が舌打ちをした。それも篤驥に聞かせるための大きな音で。

 しばらく二人はにらみ合うとやがて龍はまあいい、と足を組みなおした。

「お前の話なんぞはどうでもいい。

 問題はあの娘だよ。

 篤驥、お前がみるに揲とはどんな娘だ?」

「客観視を求めるのなら私にふらぬほうがよろしいかと。あの方に対する私の客観はドロドロに腐っておりますゆえ」

皮肉まじりに言うと龍は面白そうに笑った。

「ならやめておこう。

 揲を城へ連れてきたのはイチかバチかの策だった。あの娘は特別だ、味方につくと心強いし、敵にまわるとそれこそ『終わり』を意味する」

「……宗主は何のために揲様をこの城に呼び寄せたのですか?

 確かに先の稀珀きはく攻めは妙でしたが跡継ぎを見つけるなんて話、あの時初めて聞かされましたが」

そうまくし立てた後、篤驥は茶の最後の一口を一気に口へふくんだ。苦いともうまいとも思わなかった。

「跡継ぎの件は口から勝手に飛び出してきたゆえ偽か真か自分でもよくわからぬ。

 ただ稀珀攻めの首謀者は何か企てているのであろうな。まことの忠臣であったのなら『ほめろ、ほめろ』と余にしっぽを振って報告するだろうに」

正体が知れぬからこそひどく不気味に感じる。

 篤驥が思うに龍は相当疑い深い。一代で夕雩家を国内で最高の権力を持つ家にしたのはまぎれもなくこの人だ。時には汚い手も使い、多くの人からどす黒い恨みをかっているだろう。

 だからこそ人間の汚い感情を知っている。成り上がり故の生き抜くための《《教養》》を身に付けている。

「揲が選ぶ人間はまぎれもなく『真龍』なのだ」

独り言なのかそうでないのかわからないほど小さな声だった。けれど返事をしなくても気にしていないようだからやはり独り言だろう。

「……余が『《《真龍》》』だ」

次に彼が発した言葉はただの独り言ではないようだった。

 独り言として言葉が宙をさまようのではなく彼自身が自らに言い聞かせているかのような生きた独り言だった。

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