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偽龍の寵姫  作者: 射剱
第二章 夕雩
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真龍5

 その間、誰も何も言わなかった。

 諦めていたのかもしれない。鐐が胤国を統一すると誰も考えないようなことを言ったように食料を戦略として使うなど誰が思いつくだろう。これが《《城》》ではなく《《国》》を攻めることなのだとガツンと頭に叩き込まれたようだった。

(「惺穂せいすい教」)

満風はポツリとそうつぶやいた。

 惺穂教とは全土に広がっている宗教で特に庶民からの指示が厚い。

 だが国攻めをするのに突然惺穂教の名を出され、揲も含めて皆ポカンとしている。

(「百姓の八割は惺穂教を信じておりますから火曛はけがれた土地とでも信者に噂を流させればよろしいかと。

 幸い惺穂教は金に目がありません。大判小判を与えれば喜んでこちらに協力するでしょう。

 ヤツらに与える富など塀を作るのにかかる金と比べれば雀の涙。

 いかがでございましょうか?」)

(「なるほど惺穂教を……あの毒を使うか……」)

りょう惺穂教せいすいきょうを毒と呼ぶのには理由があった。

 五年ほど前、ある小さな村で使われた祭具の面が惺穂教のあがめる神の姿に酷似していた。信者は不遜であると驚いたことにその祭具を村ごと焼き払ってしまったのだ。

 多くの人が焼け死に、それを非難した者と惺穂教信者の間での争いに発展したのだ。

(「毒をもって毒を制す、か。お前らしいな、面白い」)

鐐の笑顔に満風は照れたようにはにかんだ。

 面白いとほめられた満風が面白くない揲は少しでも彼の気をひこうと声を張り上げた。

(「でしたら若宗主!私に先陣をお任せください!」)

勢いよく皆が一斉に振り返った。

(「馬鹿者!女子おなごのお前にそんな名誉のある大役などつとまるはずがない!

 先陣だぞ、お前のことだから一番のりに死ぬだけだ」)

年上の体格の良い男に怒鳴られる。

 睨み返してやると男は眉を逆立てて揲の方へ寄ってきた。

(「まったく……調子に乗りやがって……お前もだ満風!御潴みづまでは身の程をわきまえるということを教えていないのか?」)

ギョロリと男の目玉が音を立てて動いたような気がした。

 相手は挑発しているだけだ。その巨躯きょくには単純な力比べで勝てるわけがない。それに恐ろしかった。揲を見下ろす相手がいつもの数倍は大きく見える。金縛りにあったように体が動かないでいた。

(「もういい、あまり年下をいじめるな」)

見かねた鐐が呆れたように言った。きっとどちらにも呆れていたのだ。

 乱暴な男に、臆病な揲に。

 たして二でわると調度良いのに、と頭の中で勝手に計算式をたてる。

 そんな自分がひどくみじめだった。

 「揲」と鐐の柔らかい声が聞こえた。顔をあげると真剣な表情をした彼はジッと揲の瞳をのぞき込んだ。

(「臆病者には先陣がつとまらない、とでも思ったか?」)

「はい」と揲はうなだれるように首をコクリと動かした。

 置いていかれてしまうと思った。風のようにはやくどんどん前へ進んでいく彼は立ち止まることをしらない。

 置いていかれないように走って、走って、走らなければいつのまにか揲は一人取り残されてしまうだろう。

 独りぼっちは辛くて、寂しい。何もない空虚な空間にいるようで気持ちが悪い。

 それに鐐にだけは置いていかれたくなかった。幼いころから「この人を支える」と心に決めていた。これは甘さだ。けして鐐にはダメなところを見せたくないのに、いざその暖かい声をかけられるとポロポロと本音があふれ出す。

(「怖い、と一度思うと体が固まって……うまく動けなくなって……自分でもよくわからなくなる。こんなんじゃダメだとわかってるのに……」)

「それでいい」と鐐は揲の肩にやさしく触れた。

(「お前は臆病で絶対に死に急がないから、帰ってくると信じられる」)

鐐はニコリと笑った。

 この人はいつも欲しくてやまない言葉を与えてくれる。揲にとって紛れもなく特別な人。

 揲も顔をあげて笑みを浮かべた。「ようやく笑ったな」と彼が頭をくしゃくしゃにしてなでる。髪が乱れてもいつもなら恥ずかしいのにその時はそれが妙にうれしかった。

(「よし、夕雩め。首を洗って待ってろよ!我らが直々に成敗してやる!」)

調子に乗った誰かがこぶしを振り上げてそう叫び、皆がどっと笑った。


夕雩に稀珀家が滅ぼされる二月ふたつきほど前のことだった。


 夢の中でりょうは浅い川に一人で立っていた。

 揲は岸から彼の姿を見つけ「若宗主!」と急いで駆け寄った。水しぶきをあげながらあわただしく走る揲を彼はクスクスと笑いながら見つめていた。

(「若宗主、だいぶ冷えてまいりました。屋敷に帰りましょう」)

(「何を言っているのかい?屋敷は夕雩せきうに燃やされたじゃないか」)

 寂しげに鐐は水面を眺めながらつぶやいた。

 そうだった、自分は何を言っているのだろう。

(「それでは宗主様の元へ行きましょう。屋敷から逃げおおせたはずです」)

(「父上はおちのびる途中、夕雩の連中につかまって首を斬られた」)

 ゴクリ、と唾をのんだ。

 どうかしている、なぜ忘れていた。他にも忘れていることがなるのか?

 やがて鐐が「なあ、揲」と静かに呼びかける。

(「どうして俺を選んでくれなかったんだ?」)

ハッとして目を見開く。

 どういうことですか?——と口にしようとしてやめた。

 そして恐る恐る彼の身体に触れてみる。

 突然手を触れてきた揲に彼は驚きもせず、いつもの優し気な視線をよこしてきた。

 鐐の手は暖かかった。それが意味することを揲は知っている。

 これは夢なのだと。

 鐐は屋敷を燃やされておちのびる途中、宗主が斬首された知らせを聞き後を追うように自ら命を絶ったと——。

(「またな、揲」)

 だんだんと視界が霧にまかれたように白くなっていく。

(「死に急ぐなよ」)

 最後に彼がそう言うと同時に揲は目をさました。涙がいつの間にやら頬をつたっている。

 それを見た真梶が驚いたように背を優しくさすってくれた。

絶対にあなたの仇をとってやります、と揲は泣きながら拳を握りしめて鐐に誓った。

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