真龍2
その後、揲が広間を出ると例の細い武官——崋翔篤驥という武官が不機嫌そうに後をついてきた。
「宗主に城を案内してやれと言われた。住む場所が欲しければついてこい」
振り返ることなく彼はどんどん先を行く。この男に対し、揲が最初に持った印象は「本当に夕雩の武官なのか」というものだ。上背はあるが、手足は細く女子のような整った顔立ちをしていて太刀を振り回す姿など到底想像できない。
しかし、その切れ長の目が放つ眼光はそんな考えを吹き飛ばすほどに鋭いものだった。それに今、歩き方を見て確信した。この人は相当強い、夕雩家の宗主が自慢するように言っていただけはある。
やがて揲たちは一旦外へでた。ちなみに先ほどまでいた建物は宗主が住まう本殿というものらしい。その本殿を囲うように来たに菊宮、東に薊宮、西に藤宮と呼ばれる建物があるそうだ。
「菊宮家、薊宮家、藤宮家は宗主のご兄弟の家……いわゆる分家だ」
そして、と篤驥は菊宮のさらに北にある金色の門の前で足をとめた。血なまぐさいこちらと隔てるように作られた塀には蝶や鳥の装飾がほどこされており美しい。
「紲御殿……お前はここに住まうこととなる」
「……城の一番奥に閉じ込めるってわけね」
そう言うと篤驥は大げさにため息をついた。きっと内心では性格がひねくれているとか毒を吐いていることだろう。
そこについたのはいいが篤驥は門の中に入ろうとはしなかった。怪訝に思ったが聞いてみるのもなんとなく癪なので揲もだまって金色の大きい門を見つめた。
しばらく沈黙がながれた後、それをかき消すようにギギッと門がゆっくり開く音がした。やがて門から青色の着物を着た一人の女性がでてくる。姿勢がよく、白髪混じりの髪をきっちり結っている芯の強そうな人だ。
彼女は揲たちをみとめるとスッと目を細めた。つり目がちの目じりが下がって一気に優し気な印象となる。
「『《《信松》》』よね」
彼女の一言に揲は誰の事かわからずきょろきょろあたりを見回す。しかし周りには自分たち以外の誰もおらず首を傾げた。
「ええ、真梶様もお元気そうで何よりでございます」
信松、とは篤驥のことをさしていたらしい。彼は似合わない笑顔を浮かべ揲に使う言葉よりずっと丁寧な口調で頭を下げた。どうやら二人は顔見知りらしい。
「元気よ、元気。信松……いえ、今は篤驥殿ね。あなたも本当に立派になって……何年ぶりかしら?」
「最後にお会いしたのが《《羽蝶》》様の慰魂儀ですからもう七年も前かと」
そう、と彼女は懐かしそうに遠くを見つめた。
慰魂儀とは文字通り故人の魂を慰める儀式で死後七年おきに行われる。揲も何度か言ったことはあるが、その実態は不謹慎なことにただ酒をのみ交わして騒ぐだけの宴であまり好きにはなれない。
「もう《《あのお方》》が亡くなって十四年もたつのね、年をとるはずだわ」
彼女は茶目っ気たっぷりに笑い、白髪の混じる自身の頭に手をやった。
「私は老いに勝てない」
おどけたように彼女は笑いながら肩を落とす仕草をした。
だが「十分おきれいですよ」という篤驥の世辞か本気かわからない言葉には顔を赤らめていたからまだまだ若い女の心を持っているのだろう。
女の心をもてあそぶような発言をした篤驥を冷ややかな目で見てやると彼は気にも留めない様子で澄ました顔をしていた。
腹が立ったから揲は聞かせるための舌打ちをした。すると篤驥と真梶、両方の視線が揲に集まった。真梶はそこでようやく揲の存在に気がついたのだろう。目を大きく見開きこちらを見つめてきた。一瞬だけ篤驥にやった視線を再び揲に戻した後、彼女の唇がわなわなと震えだした。
「揲……様……?」
驚きと喜び、戸惑いが混ざったような声音だった。恐る恐るうなずくと真梶は膝から崩れ落ちるように平伏した。
「あなた様のことを……《《ずっと》》……お待ち申し上げておりました」
その声は涙で震えていた。