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ネガティブな俺じゃ世界は救えない  作者: ロマンティック帰宅戦士 死更 コールツルセットモドキが駆け抜けた366日の軌跡はサイクロイドを描くのか。いや、玄関
1日目
4/30

天の声に導かれ

 


「こちらへどうぞーッ!」

 広場には武装した騎士たちがいた。彼らは互いに連携を取りながら避難民を誘導している。


 中央の噴水を囲うように、様々な服装の色々な人が押し込められていた。

 子供の泣き声とそれを冷やかす大人。もちろん、ちゃんとした大人もいる。


 俺と母さんは騎士に押されながら、人の塊の一部と化した。


「うおっ、きっつ……!」

 満員電車もいいところだ。壁がないものだから、人の群れは常に揺れ動いている。それが辛い。



 人々の(かたわ)らに立つ屈強な騎士たちは怪物を討とうとせず、ただ指をくわえて見ているだけだった。


 民衆の視線のには巨大な影、四足歩行の首長竜。いつの日か図鑑で見たブラキオサウルスみたいな印象を受ける。


 ソイツが街の中で足踏みをしているのである。


「アイツ……街を!」「くそっ、よりによって団長が代わった次の日に!」


 騎士たち――騎士団はくわえたその指を噛まんとする不満を吐き出していた。


「新しいほうの団長はどこに行った!?」

 1人の騎士がそう言いながら広場に走ってやってきた。


「何、いないのか……!?」

 その場にいた騎士はもちろん、聞いてしまった一般人も顔が青ざめていた。


 まるで統率が取れていないようであった。頼れる存在だと思っていた騎士団の実態を目の当たりにした。


 身を震わせていた騎士のひとりが声を上げる。

「あのクソ七光り! 仕方ねえ、俺らが行くぞ!」


 彼は数人を引っ連れて、燃え盛る街へ。


 一部始終を目撃した俺と母さんは互いに見合った。

「『大丈夫』って言ったけど、全然そんなことはない、のか」


「この混乱が広がるのは時間の問題ですね。騎士団の団長さんが早く戻ってきてくだされば……」



 ――俺は今日、勇者になる身だ。それなのに何もできずにいる。

 今までの自分と同じだ。誰かのために行動を起こさないといけないのに、人の目を気にして、失敗したときを想像して、何もしない。それが結局は、今の俺になった原因なんだ。



「エックス。もしもあなたが人のために何かをしたいなら、あのネックレスをかけなさい」


 無意識のうちに暗い顔をしていたのだろう。母さんは俺に声をかけてくれた。


 あのネックレス……つまり天の声、か。

 少し迷ったが、ポケットから赤い宝石のネックレスを取り出し、首にかけた。


「ありがとう、本当に。ごめん、ちょっと行ってくる」

「あっ、エックス――」


 他人には天の声が聞こえない。俺が天の声と話している光景を傍から見ると、それは俺の独り言になってしまうから、だから母さんのもとを離れた。


(…………)

「て、天の声さーん?」


(…………)

「もしもーし」


(……もう知らないです。ぷいっ)


 自分で『ぷいっ』って言いやがった。この状況でふざけてんのかコイツ。


 ……ただ、俺が上から言っても不機嫌なままだろう。下手(したて)に出て、機嫌をとってみよう。


「いや、さっきは悪かったよ。見ての通りの状況で……俺は何をしたらいいのか教えて貰えませんか?」

 できるだけへりくだったつもりだが、敬語が変になってしまった。


 すこしヒヤッとしたが、彼女は返事をくれる。一安心。

(しおらしいですね……いや、元からそうでしたね。簡単なことですが、竜の首を狙えばよいでしょう? あの長い首、明らかに弱点です)


「へっ? 倒すの? あのデカブツを?」


(このままでは防戦一方、ジリ貧というやつです。この世界の勇者(ヒーロー)は既に死んでいますからね)


「俺以外にでも、誰かしら戦えるんじゃないの?」


(元騎士団長は退役、今は隣町にいます。あとは“教団”がいますが……まだ出る幕ではないでしょう)


『教団』が指すものを俺は知らない。彼女の口ぶりからするに、自警団的な役割を果たしてくれるのだろう。


「今の騎士団長はダメなのか? やっぱり」

(頼りにはなりませんね。なんせ大臣の七光り……私の知る限り、彼が戦果を上げた記録はないです)


「なるほど。俺か」

(『俺』、ですね)


 俺しかいないらしい。


「いや、俺にできるのか?」


(できなかったら、やらないんですか? あなたの心は既に決まっている。できなくてもやる、って)


 溜め息をついた。空気の抜かれた俺は目をそらす。

 そこで“ぬいぐるみ”を見つけた。茶色いクマが更に茶色に汚れている。誰か、子供が落としたのだろう。


(今も悲しんでいる人がいます)


 きっと落とした子は悲しんでいる。我慢している、本当は辛いのに。


「ゲームオーバーになったら、コンテニューできないんだよな」


(ええ。“死”ですから)



「これは俺が主人公のゲーム、俺の責任だ……やるよ。アイツをはっ倒してやるよ」


(……どうです? なかなか勇敢な少年で(・・・・・・・・・・)しょう(・・・)?)


「はは、そんなのは結果論さ。まだ決まっちゃいない」

 ちょっとだけ気が軽くなったように感じた。変われた気がした。




 ――――とは言ってもしかし、武器がないのにどうやって怪物の首を切り落とすのか。


(ふふふ。魔法剣……剣を生成するのです)

 天の声は待ってましたと言わんばかりの返事をよこした。


 『魔法剣』、厨二的で甘美な響き。子供心を捨てていない俺にとっては黒歴史じゃない。


「でも、どうやって生成するのさ?」


(何でもかんでも聞くとは感心しませんね。勇者なんでしょう?)


 急に手厳しくなった。


「……いや俺、転生してすぐだからそういう感覚が分からないんだ。こればっかりは教えて欲しい」


(仕方ありません。私が一時的に憑依します。その間に感覚を掴んでくださいね)

「えっ『憑依』?」


(憑依。大丈夫、何も怖くありませんからぁ……ふふふ)


「その言い方だと怖えんだって!!」


 言い切った瞬間、全身から力が抜けた。だが、膝から崩れ落ちたりはしない。立ってる。唯一普段と違う点は猫背じゃないことだ。

 身体の主導権を天の声に明け渡した、ということなのか。


 俺が身体を動かすことは叶わないが、感覚自体には変わりはない。天の声が歩けば、俺にも歩いた感覚が伝わる。

 なんとも不思議な感じ。


「いやあ、人間の肉体も久々ですね」


(あれ!? 声が入れ替わってる?)

「そりゃそうですよ。エックスと私が入れ替わったんですから」


(……ううむ。よく分からないけど、今の俺の声は天の声にしか聞こえてないんだよな?)


「そうそう、そういうわけです。じゃ、飛ばしますよーっ!」


 天の声が操る身体は、街の方へ――怪物を目掛けて弾丸のようにぶっ飛んでいった。

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