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ネガティブな俺じゃ世界は救えない  作者: ロマンティック帰宅戦士 死更 コールツルセットモドキが駆け抜けた366日の軌跡はサイクロイドを描くのか。いや、玄関
2日目
30/30

招かれざらない客


 

 それは白い大理石の建物だった。柱の間からこぼれる光が濡れた地面に反射する。雨粒の波紋が地面の模様になっていた。


「し、神殿……?」

(いえ、これが長老のおわす聖人の館ですよ)


 広場に面した聖人の館。紫色のローブを被った人がひっきりなしに出入りしているのが見えた。


(昨日、王様が言っていましたが、聖人の館には勇者の血を継ぐ人たちが住んでいます。長老はそのうちの一人です)


「てことは親戚に当たるのか」

(ですね。遠縁ですが、エックスは当代の勇者。もしバレたとしても、大目に見てくれるんじゃないでしょうか)


「だといいがなあ……」


 俺たちは表の玄関から入れないもどかしさを胸に仕舞い込んで、裏手に回った。

 これからやることは言い逃れ不可能の悪事だ。不法侵入。誰かに見つかれば、俺は悪人になる。いや、バレなくても悪人なのだが。


(2階の窓、あそこから入りましょう)

 暗がりの中、俺が館の柱に手をかけたとき――


「お兄さん、どうかしましたか?」


 ――突然、背後から声をかけられた。それはラブのでもアシュリーのでも受付のお姉さんのでもない。誰か別の女の子の声。

 俺はギクシャクしながら受け答えをする。念の為、顔が見えないようにローブを深く被りこんだ。


「い、いや……綺麗な建物だと思ってさ」


「正面よりも、こちらの方が?」


「あ、あはは。変…………かな?」


「いえ、私もあの窓からの光(・・・・・・・)が好きです。そうは思いません?」


「それは……同意するよ。俺も、あの光に照らされる雨粒が綺麗だと思う」


「登りたくなるほどに、でしょう?」


「……マジかよ」


 俺は意を決して振り返った。まだ未遂で済む。

 それに、この目撃者を手玉に取ればいいのだ。それだけの話だ。そう思って彼女を見た。


 そこに居たのは紫色の衣を纏う女の子。多分、歳は俺と同じくらい。

 緑色の髪の間から上目遣いが覗く。その無垢な瞳には俺が映っていた。とっても焦った様子の俺が、だ。


「いくら言い逃れをしても、お兄さんの顔は忘れないし、たとえこの世の外側(・・・・・・)に逃げても追い詰めますよ」


 こんなことを言い連ねる彼女だが、彼女からは威圧感だとか、そういう凄みを全く感じない。むしろ、あざとい印象を覚えた。それが不気味でならない。こんなの矛盾してる。だが、実際そうなのだ。

 ――只者じゃない。俺の直感がそう言っている。


(しかし、私は彼女を知りませんよ。もしも彼女が何らかの実力者であるならば、天の声である私が把握しているはずです)


「お兄さん。教団の人なんでしょ?」


「え、いや、それは違うけど」


「『それは』? じゃあ、やっぱり忍び込もうとしてたんだ?」


「ちがッ――! そんなこともないし、俺は教団の人間じゃないぞ」


 半分は嘘で、半分は本当のことだ。確かに教団とは密接な関係にあると思うが、俺自身は教団には加わっていない。

 多分、アシュリーと一緒にいるのが見られていたのだろう。じゃなきゃ、こんな発言をしようもないはずだ。


「……でも、何で突然そんなこと?」


 彼女はまた俺の顔を覗き込んだ。彼女には心が見透かされてる気がする。


「うーん、本当に違うんだ。教団じゃないなら、泥棒さん?」


「泥棒でもない。俺は…………救世主エックスだ」

 流石に、俺の正体は言うべきかどうか迷った。


「え……」


 彼女は言葉を失ったようだった。俺から一歩遠ざかり、驚きの顔を浮かべている。


(カミングアウトしてどうするんですか。何か狙いが?)

「いや、ヤケだよ」


 天の声は何も感じ取っていない様子だが、どうも彼女には底知れない何かを感じる。正直言って、この世界で会った誰よりも気にかかる。

 そんな彼女が、おもむろに近付いてきた。


「救世主、ということは勇者。勇者ということなら……夢は正しかったという(・・・・・・・・・・)こと(・・)!!」


「は?」


 彼女は手を差し出す。俺も戸惑いながら手を出して握手した。彼女が何を言っているのか分からない。


「え、えっと、それってどういうこと?」


「お兄さんを――いや、救世主様をお出迎えさせていただくということです!」


 彼女は目を輝かせ、驚き戸惑う俺の手を引っ張った。



 そして、ここで待てと言われて数分。

 言われた通りに聖人の館の前で待っていると、中からゾロゾロと紫色のローブ姿の人が出てきた。彼ら彼女らは正面玄関の横に並び、一斉に礼をしてくる。


(長老はいないようですね……)


 後から出てきて館からの光を遮るはあの女の子。彼女が中央にいる。何か仰々しい。


「え……えっ?」

(何が起こるんでしょう)


 何が起こるのかは分からない。だが、何かしらが起こることは自明だった。


「改めまして、(わたくし)はムーナ・ウロイと申します。救世主様、聖人の館にようこそおいでくださいました」


「え、あ、どうも」

 この空気、どこかで味わったと思ったら、王国で怪物をブッ倒したときと同じだ。俺が持ち上げられている。期待をかけられている感覚だ。

 だけど、そのワケが全くわからない。


「救世主様は(わたくし)どもと遠い血縁にあります――つまり、家族なのです」


 彼女は両腕を広げ、笑顔を見せつけてくる。今になって彼女の胡散臭さに気づいた。無害な少女だと勘違いしていたようだ。

 だが、こっちも救世主やってんだ。長老に会わなきゃウソってもんだろう。


「家族なら、会わせてくれるよな?」


「……誰に、ですか?」

 ムーナは首をかしげる。他の面々もとぼけたように顔を見合わせていた。面会を望まれる人に心当たりがないのだろうか。そんな印象を思わせる反応だった。不気味でしかない。


「長老に会わせてほしい」


 俺がそう言うと、ムーナたちは押し黙ってこちらを見つめてきた。何だというのか。圧に負けて一歩下がったとき、彼女が口を開いた。


「承知いたしました。おじいさまは今お休みなさっていますが……どうぞ、お上がりください」


 抑え気味な声のトーンに、彼女の底知れなさを感じる。


(……面倒なことになりそうですね。少なくとも彼女ら、有り難い存在ではなさそうです)


 俺もそう思う。雨に濡れ、足取り重く、聖人の館に正面から(・・・・)入った。


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