招かれざらない客
それは白い大理石の建物だった。柱の間からこぼれる光が濡れた地面に反射する。雨粒の波紋が地面の模様になっていた。
「し、神殿……?」
(いえ、これが長老のおわす聖人の館ですよ)
広場に面した聖人の館。紫色のローブを被った人がひっきりなしに出入りしているのが見えた。
(昨日、王様が言っていましたが、聖人の館には勇者の血を継ぐ人たちが住んでいます。長老はそのうちの一人です)
「てことは親戚に当たるのか」
(ですね。遠縁ですが、エックスは当代の勇者。もしバレたとしても、大目に見てくれるんじゃないでしょうか)
「だといいがなあ……」
俺たちは表の玄関から入れないもどかしさを胸に仕舞い込んで、裏手に回った。
これからやることは言い逃れ不可能の悪事だ。不法侵入。誰かに見つかれば、俺は悪人になる。いや、バレなくても悪人なのだが。
(2階の窓、あそこから入りましょう)
暗がりの中、俺が館の柱に手をかけたとき――
「お兄さん、どうかしましたか?」
――突然、背後から声をかけられた。それはラブのでもアシュリーのでも受付のお姉さんのでもない。誰か別の女の子の声。
俺はギクシャクしながら受け答えをする。念の為、顔が見えないようにローブを深く被りこんだ。
「い、いや……綺麗な建物だと思ってさ」
「正面よりも、こちらの方が?」
「あ、あはは。変…………かな?」
「いえ、私もあの窓からの光が好きです。そうは思いません?」
「それは……同意するよ。俺も、あの光に照らされる雨粒が綺麗だと思う」
「登りたくなるほどに、でしょう?」
「……マジかよ」
俺は意を決して振り返った。まだ未遂で済む。
それに、この目撃者を手玉に取ればいいのだ。それだけの話だ。そう思って彼女を見た。
そこに居たのは紫色の衣を纏う女の子。多分、歳は俺と同じくらい。
緑色の髪の間から上目遣いが覗く。その無垢な瞳には俺が映っていた。とっても焦った様子の俺が、だ。
「いくら言い逃れをしても、お兄さんの顔は忘れないし、たとえこの世の外側に逃げても追い詰めますよ」
こんなことを言い連ねる彼女だが、彼女からは威圧感だとか、そういう凄みを全く感じない。むしろ、あざとい印象を覚えた。それが不気味でならない。こんなの矛盾してる。だが、実際そうなのだ。
――只者じゃない。俺の直感がそう言っている。
(しかし、私は彼女を知りませんよ。もしも彼女が何らかの実力者であるならば、天の声である私が把握しているはずです)
「お兄さん。教団の人なんでしょ?」
「え、いや、それは違うけど」
「『それは』? じゃあ、やっぱり忍び込もうとしてたんだ?」
「ちがッ――! そんなこともないし、俺は教団の人間じゃないぞ」
半分は嘘で、半分は本当のことだ。確かに教団とは密接な関係にあると思うが、俺自身は教団には加わっていない。
多分、アシュリーと一緒にいるのが見られていたのだろう。じゃなきゃ、こんな発言をしようもないはずだ。
「……でも、何で突然そんなこと?」
彼女はまた俺の顔を覗き込んだ。彼女には心が見透かされてる気がする。
「うーん、本当に違うんだ。教団じゃないなら、泥棒さん?」
「泥棒でもない。俺は…………救世主エックスだ」
流石に、俺の正体は言うべきかどうか迷った。
「え……」
彼女は言葉を失ったようだった。俺から一歩遠ざかり、驚きの顔を浮かべている。
(カミングアウトしてどうするんですか。何か狙いが?)
「いや、ヤケだよ」
天の声は何も感じ取っていない様子だが、どうも彼女には底知れない何かを感じる。正直言って、この世界で会った誰よりも気にかかる。
そんな彼女が、おもむろに近付いてきた。
「救世主、ということは勇者。勇者ということなら……夢は正しかったということ!!」
「は?」
彼女は手を差し出す。俺も戸惑いながら手を出して握手した。彼女が何を言っているのか分からない。
「え、えっと、それってどういうこと?」
「お兄さんを――いや、救世主様をお出迎えさせていただくということです!」
彼女は目を輝かせ、驚き戸惑う俺の手を引っ張った。
そして、ここで待てと言われて数分。
言われた通りに聖人の館の前で待っていると、中からゾロゾロと紫色のローブ姿の人が出てきた。彼ら彼女らは正面玄関の横に並び、一斉に礼をしてくる。
(長老はいないようですね……)
後から出てきて館からの光を遮るはあの女の子。彼女が中央にいる。何か仰々しい。
「え……えっ?」
(何が起こるんでしょう)
何が起こるのかは分からない。だが、何かしらが起こることは自明だった。
「改めまして、私はムーナ・ウロイと申します。救世主様、聖人の館にようこそおいでくださいました」
「え、あ、どうも」
この空気、どこかで味わったと思ったら、王国で怪物をブッ倒したときと同じだ。俺が持ち上げられている。期待をかけられている感覚だ。
だけど、そのワケが全くわからない。
「救世主様は私どもと遠い血縁にあります――つまり、家族なのです」
彼女は両腕を広げ、笑顔を見せつけてくる。今になって彼女の胡散臭さに気づいた。無害な少女だと勘違いしていたようだ。
だが、こっちも救世主やってんだ。長老に会わなきゃウソってもんだろう。
「家族なら、会わせてくれるよな?」
「……誰に、ですか?」
ムーナは首をかしげる。他の面々もとぼけたように顔を見合わせていた。面会を望まれる人に心当たりがないのだろうか。そんな印象を思わせる反応だった。不気味でしかない。
「長老に会わせてほしい」
俺がそう言うと、ムーナたちは押し黙ってこちらを見つめてきた。何だというのか。圧に負けて一歩下がったとき、彼女が口を開いた。
「承知いたしました。おじいさまは今お休みなさっていますが……どうぞ、お上がりください」
抑え気味な声のトーンに、彼女の底知れなさを感じる。
(……面倒なことになりそうですね。少なくとも彼女ら、有り難い存在ではなさそうです)
俺もそう思う。雨に濡れ、足取り重く、聖人の館に正面から入った。




