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ネガティブな俺じゃ世界は救えない  作者: ロマンティック帰宅戦士 死更 コールツルセットモドキが駆け抜けた366日の軌跡はサイクロイドを描くのか。いや、玄関
2日目
29/30

ノーレイン



 次第に雨音が暗闇に響き始めた。石畳で跳ね返る雨が冷たい。

「《鏡像(デラシャボン)》」


「ありがとう」


 俺たちを包み込む泡が雨避けとなる。ラブは依然として起きてくれないから、雨をどうしようか考えていたところだった。

 俺たちは台地を下り、獣道を通って街道まで出た。俺たちの他にも通行人がいる。これまでずっと無言だったが、ここで初めてアシュリーのほうから話しかけてきた。


「雨の国に着いて、あなたたちはどうするの?」

「宿屋に行こうと思ってる」


「なるほど。でも、新主義(・・・)には気を付けてよ」


「新主義?」

(それは私も知らない言葉ですね)


「最近になって台頭してきた集団よ。『世界の外が~』とかヤバい思想持ってるから、絡まれて足止めされないようにね」

「ああ、忠告ありがとう」


 雨をうるさく感じ始めた頃に、目の前に橋が現れた。下を流れるは激流だ。

(これは水路。そして、対岸の壁が雨の国です)


 緑色の絶壁と堀の構図。暗さも相まって鬱蒼とした印象を受ける。

 橋は金属製の吊橋だ。きっと橋桁を立てることができないほど水流が強いのだろう。


 カンカンと足音を鳴らしながら、門の前の衛兵まで近づいた。

 王国からの情報がここまで広まっているかどうか、それが心配だ。身を隠すためのローブはレーベットの教団に置いてきてしまったし、他の通行人に紛れてやり過ごすしかない。


「そんなに心配することないよ。シャボン玉は光を屈折させるから」


 そう言うと、アシュリーの姿が消えた。なるほど、光学迷彩といったところか。


 彼女の言う通り、何も心配することはなかった。何人か検問に引っかかっていたが、傍から透明の俺たちはその横を通り過ぎることができた。


「私の後ろを付いてきて」

 通行人にぶつからないようにアシュリーが姿を見せた。


 そして、雨の国に入った。

 まず目に飛び込んできたのが縦横無尽に走る金属製のパイプ、建物に取り付けられた水車。街全体が圧巻のからくりだった。

「な、なんだこれ」


「雨水が管の中を通って水車を回してる。それが排水とか諸々の動力源になってる。付いてきて、宿まで案内するから」


 アシュリーはいちいち動じることもなく、ずんずんと進んでいく。彼女はこの光景に慣れているようだった。


 雨の国だというのに誰も傘をさしていない。多分、邪魔なんだろう。


(どうです? この街も薄暗いだけじゃないでしょう?)

 天の声の言う通り、街の明かりで雨粒が照らし出されている。無骨な街の様相と、夜空から降り注ぐ雨粒のコントラストが美しかった。

「ああ、綺麗だ」


 なんて言いながらキョロキョロしていると、不意に何かを見つけた。建物の壁を走る蜘蛛のようなもの。

「え、何あれ。モンスター? 街中なのに?」

(いえ、あれは……モンスターではないと思うのですが……)


 その黒い影は角を曲がり、視界の外に消えてしまった。


「エックス、どうしたの?」


 先を行くアシュリーが振り返って尋ねてきた。


「いや、蜘蛛みたいな何かを見つけてさ」

「くも? 雨雲? あんた早く休みなさいよ」


 アシュリーは足を早める。あれが何なのか疑問を抱きつつも、俺もそれに続いて行った。



「一部屋出して」


 そう言うアシュリーは宿屋のカウンターに背が届いていない。


「えぇっと、失礼しますが『救世主のエックスさん』でお間違い無いですね?」


 受付のお姉さんはアシュリーの背後、つまり俺の方を見てそう言った。


「え!? 見えてるの?」


「そんなワケない。“感じた”とでも言うべきでしょうね、暗殺者(・・・)さん?」


 お姉さんは金色の髪をかきあげ、微笑んだ。

「ふふっ、それは昔のことでしょアシュリーちゃん。背、伸びたんじゃない?」


「当然よ。将来は大きくなるんだから」

 そう語るアシュリーは何だか嬉しそうだった。彼女曰く、このお姉さんは裏のレーベットでは名の通った暗殺ギルドの人間だったらしい。


「……つまり、ここはバウハウスの宿か」


「ええ、アオさんから話は伺っています。ご安心くださって結構ですよ」


 つくづくバウハウスが恐ろしく感じた。これでも三大勢力ですらないのだから、教団や連盟、海賊はどれほどの力を有しているのか想像もつかない。

 隣にいる女の子が教団のトップだというのも信じられない。


「じゃ、元気でね。ラブのことよろしく」

「ああ、メルキアさんにはよろしく言っておいてくれ」

 別れの挨拶を済ませ、彼女はその足で宿を出ていった。


「お部屋は2階になります。お疲れのことでしょうから、手伝わせていただきます」


 これまでずっと背負っていたラブの身体をお姉さんに渡し、肩を回した。

「あぁー、こっちの世界に来てだいぶ筋力ついたんだな」

(もちろんです。救世主ですから)


 部屋はかなり狭く、2段ベッドになっていた。石造りの壁と小さな窓、窓に面する机。落ち着く空間だ。

 下の段にラブを寝かせてもらい、鍵を渡してもらった。


「外出の際には、机の上に置いてあります外套をお召しください」


「何から何までありがとう。少し休んだら、夕飯を食べに行くよ」


「かしこまりました」

 お姉さんは部屋を出て業務に戻っていった。


 ――やっと休めるようになった。今日も一日、運動してばっかりだったような気がする。

 椅子に腰かけ、ラブの寝顔を眺めた。


「まさかラブが勇者の仲間だったなんてな」

(いえ、ただの女の子ですよ)


 天の声の言うことも分かる。ラブはこうして寝てたり、笑ってたりするのが一番似合う。俺の願いだ。


「……あと5日か。間に合うかな」

(間に合わせましょう。何だったら、これから雨の国の長老に会いに行きますか?)


「会えるのか? こんな遅くに」


(どっちにしたって忍び込むことになるんですから、いつ行ったって同じです)

「確かにな」


 一応、ラブのためにそのことを紙に書き記す。


「じゃ、行ってくるよ」


 俺はそっとドアを閉めた。


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