そしてこれから
「ここまで離れれば大丈夫、追ってはこない。《鏡像》!」
《超苦》着地法とは違い、俺たちは優雅に地上に降りる。そこは小高い荒れ地。
ラブを抱きかかえた俺は浮き島を見上げた。ここからは何の異変も無いように見える。
「師匠……」
ナゴミもじっと浮き島のほうを眺め、師匠の身を案じている。先程までとは打って変わって、上空では何も光ったりしない。師匠と龍の戦いがどうなったのか、俺たちには知る由もなかった。
「言っとくけど、戻らないわ。あそこには副王の残した呪いがある」
「どうにかできないのか?」
「難しいわね。最悪、私が死んで二度と平穏が訪れなくなるわよ」
(それはなりませんね。それにしても、副王があんな力に目覚めていたとは思いもしなかったです)
アシュリーは、自らが去った浮き島に見向きもせず歩き出した。
「ちょっと待て、どこに行くんだ?」
「……雨の国。おじいちゃんと合流する」
「おじいちゃんって――メルキアさんのことか。雨の国ってとこにいるのか? レーベットじゃなくて?」
「レーベットの司祭はネクロマンサーよ。おじいちゃんは雨の国近辺の教団を管理してて、私と同じように空を護ってる」
アシュリーは立ち止まらない。ずんずん進んでいく。
「待てよ、待てってば。俺たちはどうすりゃいいんだ?」
「――っ、バカじゃないの!? そんなの知らないわよ! 勝手にすればいいじゃない!」
アシュリーは相当気が立っているようだった。
考えてもみれば当たり前だ。今、この世界の空を守っているという浮き島が落ちた。端的に言って緊急事態なのだ、この世界全体の……
「つっても、レーベットと王国に戻るのはダメだし、どうしたもんかな」
(雨の国に行くのは悪くないと思いますよ。調停士の仕事もありますし)
「雨の国で調停士の仕事?」
(三大勢力の“連盟”です。連盟は王国、雨の国、火の国、氷の国で構成されているので、雨の国の有力者に挨拶をする必要があります)
「なるほど」
こう改めて説明されると、気が遠くなる。雨の国に着いたとして、手配中の俺がどうやって王様に接触するか……考えることは山積みだ。
「アシュリー。何か力になれるなら、俺とラブも同行する」
アシュリーはもう冷静になっている。彼女特有の脱力感が戻ってきた。
しかし、依然として表情は険しい。
彼女は向こうを向いてしまった。
ダメか、断れたか。こうなってしまって申し訳ないと思う気持ちが噴き出してくる。
しかし、アシュリーは歩き出さなかった。
「……他に行く宛てがないんでしょ。いいよ、あなたたちのことは嫌いじゃないから」
視界が明るくなった気がする。その言葉がありがたかった。
「ありがとう、本当に……」
別に気にすることないわ、と間が悪そうに返してきた。こうして見れば、ただの背が小さい女の子だ。
しかし、一息つくにはまだ早い。俺達にはもう1人いる。
「――でも、ナゴミはどうするんだ?」
「え、私は……」
いきなりの質問でうろたえるナゴミは胸に手をあて、何かを考える素振りを見せた。
「私は、宿屋に仕事がありますので」
「そうか、避難民の治療があったな。その……色々とごめん」
ラブを抱える俺は頭だけ下げた。師匠のこともあるし、ナゴミには本当に悪いことしかしていない。
「いえ、私こそご迷惑をおかけして、すみませんでした」
ナゴミは深々と頭を下げてくる。
「いや、ナゴミは助けてくれたじゃんか。そんなに謝らないでよ」
「いえ、私なんか……」
とうとうナゴミはその場に崩れた。
マジかよ。俺はすぐに駆け寄って、彼女の隣にしゃがんだ。
「こんな私には何もできません。皆さんの力になりたいのに」
「違う。間違ってる。もっと冷静に自分のことを見てみろよ。役に立ってるじゃんか」
「本当にそうなら、師匠を助けられますよね!? 何もできないのは、私が力不足だからでしょう!?」
「“お前にできない事”があるなら、“お前にできる事”もあるだろ! ……理想だけを追うなよ、自分を信じろよ」
(……それをあなたが言うんですか)
「悪いかよ」
天の声は何も言い返さない。
ナゴミを見てて、まるで自分のようで嫌だった。上手いように身の程をひけらかしているつもりでも、それが何なのか知ってる俺からしたら、意地汚い自己防衛にしか見えない。バカのすることだ。
当のナゴミは俯いたまま立ち上がり、「ありがとうございました」と呟いてレーベットの方角にとぼとぼ歩いていった。
「あなた甘いだけじゃないのね。正直、驚いたわ」
「放っておいてくれ。褒められたもんじゃないからさ」
ん、とアシュリーは向き直す。俺たちは、傾く夕日が翳る雨の国へと向かった。




