迎撃
俺たちの上昇速度は低くなりつつあった。もう少しで最高点に到達し、そこから重力につられて落ちていく。
飛びすぎた俺たちは、可及的速やかに着地についての作戦を講じなければならなかった。じゃなきゃ落下死だ。
「ナゴミ、着陸に使える魔法は知らないか!?」
「息が残っていれば、そこから治癒できます!」
風の音の中、ナゴミは不慣れそうに大声で答える。
なるほど、死ななければ——死にさえしなければどうにかなる、ということか。
「――いや、着地できないなら即死じゃん!! ダメじゃんか!!」
不毛なやり取りのうちに、とうとう放物運動の最高点に達してしまった。残るは“落下”のみ。
ここはとんでもない高度。落ちて助かるなんて見込みなんてない。
「どうしろってんだよ!」
(ちょ、しっかりしてくださいエックス!!)
走馬灯が見える。今度はちゃんと見える。死ぬまで、それだけの猶予が残されていた。
しかし、その猶予は俺に迫る死を実感させる、最低最悪の時間でもあった。
「チュ!!」
遠のいていく意識のなか、ネズミの鳴き声が聞こえた。微かに。
涙で揺れる視界が緑色の光に包まれる。
ああ、逝くんだな俺は。
意識が遠のく感覚。
しかし、その意識を引き戻す声が聞こえた。
「覚悟しろ……副王——我が仇よ」
誰とも知らない、怒りに揺れた声。その鬼気迫る恨み節が俺を引き戻したのだ。
その声は小さな小さな、手のひら大のネズミのほうからしていた。
「嘘だろ!?」
その声の主が師匠だとは到底信じられなかった。
「し、師匠!?」
俺よりもナゴミのほうが驚いていた。
俺たちは魔法を繰り出すネズミの姿に目が釘付けになった。
無理もない。師匠が展開した魔法陣は視界を覆い尽くし、その向こう側から見える光を防いでいたのだから。
そう。副王は、上から迫るこちらに気付いていた。
(エックス! 下です! 盾の真下!!)
「えっ? ――あ、ああ!! 展世!!」
大きめの剣を生成し、ナゴミを左腕に抱いた。きゃ、と小さく驚く彼女をよそに、俺は盾を蹴り飛ばす。
ナゴミは体勢を崩し、俺に寄りかかった。良い気がしないでもない。
そして、天の声が指摘した死角からは龍が突進してきていた。
その龍は、白が黒ずんだような、随所に汚れが見える灰色。目は4つ。
人で例えると、老いぼれホームレスといったような、みすぼらしい印象だ。
俺は切っ先を龍に向ける。
「――救世主よ、空の龍を侮る勿れ」
ナゴミの胸に鎮座する師匠が、新たに魔法陣を生み出した。そこから発せられた緑色の光が形を帯び、くねくねと空を駆け巡る。
「こ、これは!?」
その光はカーブし、差し迫る龍の腹を突き飛ばした。龍の身体は光に押し負けて折れ曲がる。
「すげえ! ……けど、次が!!」
今度は副王の赤い光が伸びてきた。
空中では攻撃を躱しようがない。先のバーサーカーとの戦いで思い知らされた事実。もはやトラウマレベルですらある。
「二度目は……ないぜ!」
俺は光線に向かって剣をぶん投げる。剣先で光線はふたつに分かれた。
(いや、まだですッ!)
分かれた光線たちはその軌道を折り曲げ、二手から俺に襲いかかる。
「は?」
俺は横目に赤い光を見た。もう防げない。
「発想は悪くない。いや……先々代を超える勘と見えた」
余裕そうに声をあげたのは師匠。緑の魔法陣は副王の光線と相殺した。
再び彼女に救われのだ。
そして今、彼女のげっ歯類の口から“先々代”の単語が発せられた。
「“先々代”って……もしかして勇者の?」
「無駄口を叩くな救世主よ。我が正体など、この場において何の価値も持たぬ」
「あ、ああ。わかった」
この場――つまり俺たちが直面している状況で解決しなければならないのは、副王と龍、そして着地だ。
彼らの攻撃を防いだ今、浮き島の地面まで残された距離は僅かなものになっていた。
副王の姿がよく見える。
紫の肌を持つ彼はラブのと似た鎧を纏っていた。違うのは赤いマントの有無、そして身長。たぶん10mはある。
そんな副王は次に仕掛ける魔法の詠唱をし、俺たちを待ち構えていた。
「こうなったら、おかわりだぜ!」
着地と反撃を、同時に。
「《血絲》、《|那浪《デウケス――」
「待て。ならん」
師匠は俺の肩に乗っかり、制止した。しかし、手を止めるにはあまりにも突然で、俺は弱めの《那浪》を放ってしまう。
「……今ならまだ“誤ち”で済む」
頬を緩めた副王が魔法陣を突き出すと、《那浪》の光線はその魔法陣に吸い込まれた。
(これは……ヤバいですよ)
「貴様、救世主、愚か、抹消」
副王の、がさついた片言がズシンと響く。魔法陣は色を変え、ドス黒い円形と化した。
一方で俺たちは《那浪》で落下速度を緩めることに成功していた。上昇はしない。
師匠が変なタイミングで割り込んできたため、思った以上に威力を落としてしまったのだ。
「…………!」
魔法陣から嫌な気配を感じた俺は、盾を副王に向けて構える。
次の瞬間、おぞましいほどの衝撃が盾を通して全身にきた。しかし、痛みはなかった。それは何故か。
「《超苦》は、死を許しません」
ナゴミの温泉魔法は彼女ごと俺を包み込んでいた。
(死ぬまでには時間がかかる……それまでに治癒を施し、実質的なノーダメージを実現させる……!! ギルドマスターを超えるという治癒魔法はこんなにも……!)
正直、一瞬すぎて何が何だか分からなかったが、ナゴミが俺たちを守ったのだ。それなら、これを着地に応用すれば……!
「ナゴミ! 着地は!?」
「痛いのは一瞬だけ。いけますよ」
「ナゴミ、そして救世主よ。儂は龍を請け負う」
「あ、ああ。任せた!」
師匠は宙に飛び出し、龍に向けて魔法陣を生成した。
それを見届けた俺は、ナゴミを信じ、覚悟を決めて、丸まって歯を食いしばった。もはや高所恐怖症なんて、どこかに飛んでいったように思えた。
「――ぐッ!!」
ほんの一瞬、一瞬だけだが今まで味わったことのない衝撃が全身を走った。
(立ってくださいエックス!)
言われるまでもなく、ナゴミを掴んだ俺はすぐさまその場から飛んで副王の攻撃を避けた。
だが、衝撃からは逃れられない。爆風が襲いかかる。
吹き飛ばされた先に、更なる一撃が迫っていた。隙がない。
……しかし、さらにその一手先を読んでいた存在がいた。
俺と副王との間の地面からシャボン玉が吹き出て爆発し、副王の魔法と相殺した。シャボン玉だったものの破片が副王に向かって飛んでいく。
「《鏡像》、《崩壊》、ラブ!」
「うん、いくよ!!」
ふたりは凄まじい勢いで副王に突っ込んでいる。アシュリーは泡に入り、ラブは魔法で生み出した杭に乗っている。
「今、『ラブ』って聞こえましたけど!?」
一方で、腕の中のナゴミが驚いている。
「ラブがどうかしたのか?」
「え、だって……『ラブ』って言ったら……」
彼女は、逆に驚いていない俺のほうがおかしい、といわんばかりの目を向けてきた。
――そのとき、腹に響くようなあの片言が聞こえてきた。
「残党、愚か、抹消」
「『残党』、ねぇ……好き勝手言ってくれるじゃない」
泡の勢いで飛び出したアシュリーは杖を振りかざす。副王の発した「残党」という言葉に何かを感じたようだった。
俺には真意が分からない。分からなかった、そのときまで。
「――『ラブ』は勇者に仕えていた『あああい』ですよ!!」
ナゴミの言葉に、俺は耳を疑った。




