イン・ザ・モーニング・グローリー
「あんた、どうするのよ。また勇者と旅をするの?」
「……勇者様のことを悪く言うのは許さない」
「違うわよ。あんたの身を案じて言ってるの」
「だとしても……勇者様は私のかけがえのない人だから」
「アタシにとってもそうよ!」
「なら! なら、なおさらあんなことは言わないで……」
うっすらと話し声が聞こえる。
「――ていうか、エックスはまだ寝てるの!? ほら、起きなさい! お天道様が見てるわよ!!」
「ん、むにゅぅ……まだ5分、いや10分だけ待たせてぇ……」
布団を引き剥がされた俺は、朝日を相手取って必死に抵抗する。まだまだ寝足りない。
しかし、奪われた温もりは帰ってこなかった。いくら再会を願おうとも、二度とは帰ってこなかった。
「あんたのツレは起きてるわよ!」
その一言はおかんの「遅刻するよ!」と同じくらいかそれ以上の威力を発揮した。
頭の中の朝靄が晴れ、目が冴え渡る。眠いとかそれどころじゃない。
「ヴぇッ――!?」
そこはアオの部屋の床の上。彼女の高飛車っぽい雰囲気とは裏腹に、可愛らしい乙女チックな部屋。
その部屋の一角――窓からの風で白が靡いている。それはカーテンではない、少女の髪だ。
朝日の中でより一層眩しい髪色。無垢な輝きを漂わせていた。
白は膨張色だと言うが、あの白は違う。引き締まっていて、か細くも凛とした髪の毛。その1本1本が風に揺られていた。
光に溶け込みそうな彼女は、ぼーっと窓の外を眺めている。
(ビューティフォー……)
彼女は俺が起きたことを認めると、トタタタと駆け寄ってきた。
まず俺の目に飛び込んだのは少し赤みがかった目の縁。
「あのあのっ! すみませんでした!!」
――——ゴツンっ! ゴツンゴツン……
謝るや否や、床に頭をぶつけての土下座を繰り出す。
「ヴぇっ!? 待って、どういうことだよっ!?」
先程の儚い雰囲気からは想像できない慌てっぷり。
俺が脳内に組み立てた“儚げ美少女キャラ”イメージが、ほんの2秒足らずで崩壊した。
本当はお転婆な元気っ子なのだろうか。
「だって、私、あなたにひどいことを……」
顔を上げた彼女を見て、内心ドキッとした。
目には大粒の涙。ギャグみたいな振れ幅だけど、彼女は確かに本気で謝っていたのだ。
真っ白な瞳がうるうると揺れている。その顔を見ると、俺が泣かしたような気がして緊張してしまった。
「えーっと、それって昨日のこと?」
「う、うん……」
涙を拭いて俯いた彼女。必死に涙を堪えようとしていた。
「大丈夫だ、俺は大丈夫なんだよ。謝らないで。そのために君を救ったんじゃないからさ」
「……うん」
俺の一言は涙腺ダムを爆破してしまったようで、抱きついてきた彼女は俺の肩に顔を埋める。
昨晩、同じように抱き合ったときの彼女とは何か雰囲気が違う。
今はまるで甘える子犬。しっぽを振っているような……そんな気がする。
「まったく、朝っぱらからイチャつくなら他所でやりなさいよ。一銭の得にもならない」
アオは上から見物するように、こちらを眺めている。
「あ、あはは……すみません」
アオに冷やかしを受けた俺は離れようとしたのだが、バーサーカーは一向に離れようとしなかった。
……ていうか、なんかキツくなってきた。肋骨がちょっとかなり痛い。
心做しか、メキメキいってる気がする。ヤバい、死ぬ。死んじゃうう!
「ちょ待って! 痛いって! 痛いっておい!!」
言葉を投げかけても全く動じないので、パンパンと彼女の頭を叩いた。
それでも解放してくれない。
「ギブ! ギブですギブ!! おいレフェリー止めろォ!!」
必死でアオに助けを求めるが、彼女はくすくす笑っていた。
「面白い興行ね。いいわ、続けなさい……って言って殺されちゃ敵わないわね。ほら、離しなさいな」
彼女が手をぱんと鳴らすと、我に帰ったバーサーカーは俺を解放した。
「た、助かったぁ……」
「あっ……ごっごめんなさい! また私、無意識のうちに……」
また彼女は泣きそうになっている。
「うぅん、ギリセーフだから。それより力が強いよね、昨日も思ったけど」
「私は、父が戦士で幼い頃から護身術というか……色々仕込まれてるだけで……」
昨夜のアオといい、この世界の女性はこんなにも強いのかと怖くなる。俺のお姉ちゃんに至っては前の勇者だし。
ま、仲間なんだから心強い限りですが。
(――そう、そこなんですよ!!)
「うわぁ! いきなり大声を出すなぁ!」
ずっと静かだった天の声の大声に驚いた。ふたりはそんな俺に振り向き、不審そうな目で見てきた。
(彼女は昨夜の時点で仲間になっているはず……なのに何故、攻撃が通じるのでしょう?)
うーん、確かに。痛いのはおかしい。
ライドのときは斬撃をも無効化し、俺に対して危害を加えられない状態になったのだが。あのときと今では何かが違うのだろうか。
……分からない。情報が無さすぎる。
「そうだな……まずは名前を聞いてもいいかな?」
まず、名前からだ。
「私はラブです」
ラブ……愛、か。
「かわいい名前だね」
とてもバーサーカーなんかには似つかわしくない名前だと思う。女の子の名前だ。
「はい。私の大好きな人がつけてくれた名前なんです」
(いやぁ、ネーミングセンスがグンバツですねその人)
「こっちも改めて自己紹介を。俺はエックス。何回も言うけど勇者の弟で救世主だよ」
俺が『勇者の弟』と言ったところで、ラブの白い眉が反応した。
(いやぁ、ネーミングセンスがサイテーですねその人)
「うっせ! いいだろ別に……」
天の声にツッコミを入れる。もうこの役にも慣れてきたものだ。
と、そのとき、目を輝かせたラブが前のめりになって迫ってきた。
「エックスって勇者様の弟なの!? 勇者様のこと、聞かせてくれない!?」
「えっ!? あー、うーん…………」
この質問には困った。
このゲームの中では“勇者の弟”という設定だけど、俺には勇者がどんな人だったか全く分からない。
どう言い訳しようかと考えていたら、天の声が助け舟を出してくれた。
(先代勇者はとてつもない人気者だったみたいですね。彼女はいつでもドクターチリペッパーを飲んでいたそうですよ)
もういっそのこと、《憑依》でもして代わりに答えるほうが早いのではないかと思う。
(いえ……その、ちょっと照れくさいです)
「どういうことだよ……えっと四六時中ドクターチリペッパーを飲んでたよ」
「それでそれで!?」
更にラブは乗り出して聞いてくる。天の声はラブに圧されて他の話題を探し始めた。
(ええと、そうですね――)
「――待ちなさいよ。今それを続ける価値はあるの? もっと大事なことを話しなさいよ。」
しかし、アオが強引に話を止める。組んだ腕で指をトントンし、そこから苛立ちようが伺えた。
「そうだった。それじゃあラブはこれからどうするの?」
「わ、私は……」
ラブは言い淀みながら、殺傷力抜群の上目遣いを俺に向ける。何かを伝えようとしている目だが、真意を汲み取ることはできない。
しかしすぐに目を逸らし、小声に何かを言い始めた。
「い…………い」
「い?」
再びこちらに向き直したラブ。
「い、一緒に行きたい!」
声を張り上げて全力でぶつかってきた。圧倒された俺は、助けを求めるようにアオのほうを見る。彼女は少し難しい顔をしていた。
「……いつ言おうか迷ってたけど、教えてあげる。あなたは今、お尋ね者よ」
一瞬、言葉を失った。こっちに来て2度目の衝撃。
「そっか、そうだよな。そんな気はしてたけどさ……」
ライドが取り繕って、何とかお咎めなしになるという一縷の望みが切れた。いや、最初っからそんなのはなかったのか。
俺はハメられたってわけだ。でも、何故……?
俺が答えを探し求めて遠いところに行きかけたとき、誰かが手を握って俺を引き戻した。
「エックス……謝るなって言われたけど、やっぱりごめん」
「――っ、ラブ……」
不安そうな顔の彼女はその目を潤ませて謝る。
「いや、いいんだ。俺のやったことに後悔なんてないから」
とは言い切ってみたものの、本当に困った。
「それで、どうするの? ラブを置いてくっていうならバウハウスが協力するけど」
アオは選択を迫ることなく、肩の荷を持ってくれた。
「分かった。そのほうが――」
「――待ってエックス。私、エックスの力になりたい」
握る小さな手には力が込められていた。
「え……?」
ラブは両手で俺の手を力強く握って言い放つ。
「私っ、仲間になるから!!」
その瞬間に現れた黒いウィンドウ。
『ラブはなかまになりたそうに こちらをみている!』
そして停止する時流。ただでさえお人形さんみたいなラブが、より一層ガラス細工のように見える。
「――ッ、またか!? 2回目だぞ!」
(……ははーん、なるほど。なるほどなるほど)
「分かったのか天の声。どういうことなんだよ、これ?」
(いいですか? 言いますよ……こほん。ズバリ、彼女はバーサーカーではない!)
「はぁ? 訳分かんねえよ……高校化学かよ……順を追って説明しろよ……」
(化学なんてやめて地学でも履修すればいいんですよ――――じゃなくてっ! 『ラブ』と『バーサーカー』は別人なんですよ。二重人格かなんかなんでしょう)
「それはどうして?」
(まずは表示されてる名前。前は『バーサーカー』でしたが今は『ラブ』となってます)
「確かに。でも、それだけ?」
(先程のハグ攻撃もそうです。『バーサーカー』とは仲間ですが、『ラブ』とは仲間ではないのでダメージを受けたのでしょう)
「ほむほむ……」
確かに天の声の言うことは的を射ている……ような気がする。
「ま、今は選ぶしかないか」
本当なら、危険な旅には連れていきたくない。バウハウスで面倒を見てもらうほうが安全なのは言うまでもない。
「――でも、『仲間になりたい』って言ってくれたから!」
俺はお馴染みのSEを聞いた。
この音を耳にすると、なんだかワクワクしてくる。もとい、オラ、ワクワクすっぞ!
不安定な時流は完全に元に戻り、ラブは晴れやかな顔をした。
「ラブ、これからよろしくな。こんな俺だけど」
「エックスーっ! うん、不束者ですが末永くよろしくお願いします!!」
ラブは飛び込んできて俺を後ろに押し倒した。
「んん? 何か“コレジャナイ感”があるけど、まあいっか!」
てなワケで……こんな俺だけど、仲間と呼べる仲間ができました。




