お客様!困ります!あーっ!
「“おもてなしフルコース”を4!」
「はいはいー、そこの持ってっといて……って大変だね。勇者様なのに」
矢継ぎ早に“おもてなしフルコース”をデシャップに出す彼は、気休めの言葉をくれた。最高級のパティシエ製のスイーツ並みに甘い。
「いやいや、厨房をひとりで回してる“カトレアさん”のほうが大変ですよ」
カトレアさんはこの宿屋で唯一のシェフらしく、さっきも俺に優しくしてくれた超絶イケメン紳士なのである。
「はは、僕はこれが仕事だから。でもエックス君は違う。それを知ってなお、アオさんはあの人使いなんだから嫌になっちゃうね」
慰めとも愚痴ともつかない言葉と香ばしい料理。この場で静かなのはキッチンの中だけだ。
――俺はトレンチに乗せたコース料理を、新規お客様4名のテーブルに運んだ。
「お、お待たせしました」
「……エックス、無駄な抵抗はやめて大人しく引き渡されろ」
ライドは不機嫌そうに腕組みをしていた。ま、そりゃそうだよね。
「すみませんねぇうちのエックスが迷惑をおかけしてしまったようで……」
アオが申し訳なさそうに謝った。
「まったくだ」
対するライドは腕を組み、厳しく頷く。
――んん? 俺は学校でやらかして呼び出しをくらったのか? なんでそんな場面っぽいの?
てか、どうしてアオさんはおかん面をしてるの? それでいうとライドが教師のポジションなのだが??
(ほら、あなたも頭下げなさい)
「お前はノるな!!」
――――シーン……
脳内で繰り広げられたボケを、アオたちは知る由もない。
俺のツッコミはただの大声に成り下がり、場を鎮めたのだ。
「ど、どうしたの?」
あのアオが心配そうに聞いてきた。
「あぁ……いえ、なんでも、ないです……」
くそう、くそう。天の声め、ゆ゙る゙ざん゙! こうして俺の天の声に対する憎悪が深まった。
「ところで、『うちのエックス』と言ったか? エックスとはどういう関係なんだ?」
ライドは目の前の食事に手を付けず、じっくりと観察しながらアオに真意を尋ねる。
「ここの従業員という意味ですわ。だからエックスは私の部下、バウハウスの一員。王立騎士団ごときが手を出せませんので、ご理解頂けましたか?」
アオの煽り。いやこれはギャグじゃなく。
“自信家”対“自信家”の戦いなのだこれは。
「……遅くなってしまったが配給の協力、感謝する」
ライドは調子を変えずに答える。
「ええそうね。王サマからはふんだくらなきゃいけませんわ」
彼女が言うと冗談なのか本気なのか分からない。
願わくば冗談であってほしいが、彼女がエセ外国人に情けをかける道理がない。きっと本気。
「……では、賜りとエックス、どちらのほうが大切なのだ?」
「面白くもないことをお聞きになりますわね? 両方ですわ」
その言葉を受けた俺の感想は、「そうなんだ」。予想外の反応だったけど、なんか嬉しい。
「いや、ならん。エックスの拘束は王の勅令だ。我が騎士団に刃向かうことは王国、連盟に刃向かうことと同義だぞ」
ライドは眉間の皺を深め、じっと目を瞑った。
「ん? 『連盟』? ……よくわからない話になったぞ」
耳馴染みのない単語、いかつい固有名詞。社会の授業でそんなのがあったような気がする。
(バウハウスと王立騎士団というのがあって、王立騎士団には連盟という後ろ盾がいる、というわけです)
「その連盟ってどのくらい強いの?」
(世界最強の三大勢力のひとつですよ。三大勢力のバランスは世界のバランスだと言い換えても良いので、控えめに言っても“連盟”はめちゃくちゃ強いです)
「な、なるほど……そうなのか……」
つまり、劣勢に置かれたこの状況。バウハウスでも俺を庇いきれないらしい。
アオに迷惑はかけられない。だけど、彼女の気持ちも無下にはできない。
頭の重さが増していく。
俺のことなのに、俺じゃない2人が言い合っている。
「――エックス、俺様ではお前を理解できない。だからこうして問い尋ねるしかできない」
ライドは目を開け、沈痛さを湛える声を寄越した。
今度はアオが押し黙る。
「答えてくれ。貴様は――“敵”なのか?」
心臓でも撃ち抜かれたように、苦しくなった。咎められている、そう自覚すればするほどに。
「俺は、俺は……ただ、バーサーカーを守りたかっただけなんだ」
「片腹痛い。それで……そんなことで救世主が務まるのか」
――確かに、バーサーカーが何をしてきたのか、俺は知らない。
だからこそ同情できたのかもしれない。あの傷だらけの女の子に。
何も言い返せない。俺が救いたい世界は、あの少女を認めてくれはしないのか。
「……ワシはのう、それで騎士団長が務まるのかが最初に知りたい。聞かせてくれんかな?」
俺の視界に彼の白い髭が映り込んでくる。顔を上げて初めて、それが誰であるのかに気付いた。
「――“教団”としても、エックスの身柄を渡すわけにはいかぬ。少なくとも、魔王の攻撃が沈静化するまでは」
「メルキア殿……!?」
ライドは驚きの色を浮かべた。ほかの3人もあんぐりと口を開けて固まる。
(メルキアさんは“教団”の重役、“連盟”とも対等に渡り合えるスーパーおじいちゃん!)
「へ、へー!」
強力な人物が味方についてくれたというわけだ。形勢逆転のチャンス!
「しかし、今は騎士団長としての任務を優先しなければ……今度はないのです」
ライドの言葉は重い。
「ふうむ。ワシが直接掛け合ってもか?」
だがメルキアさんは軽々と返す。
「……どうして、エックスを庇うのですか。勇者を騙る裏切り者を庇って、教団に何の得があるのですか」
「“巡り合わせ”じゃ。そして世界のため、おぬしのためでもあるのじゃぞ」
「く……予言者であるあなたが言うのだから、それには間違いないのでしょう…………」
ライドは溜め息混じりに、再び視線を落とした。
「――しかし団長! コイツは裏切り者ですッ!!」
3人の騎士は、互いに目配せを高速で交わし、立ち上がる。
そのうちの1人が剣を抜いた――!
「な、待てェッ!!」
ライドの怒号を物ともせず、騎士たちは攻撃態勢に入る。
(いけません! 《血絲》!!)
残りの2人が、その攻撃の妨害を阻止するように脇に立った。
「《血――」
俺は盾で自分の身を守ろうとした。
こういう場面に遭いすぎて慣れたのか、十分に間に合うはずだった。
しかし、振り上げた剣が繰り出されることはなかったのだ。
飛来した1本のナイフが剣を弾き飛ばし、合計2つの得物はテラス席から消えた。
ナイフがやってきた方向は俺の背後――カトレアさんのキッチンだった。
「まさか……」
振り返ろうとしたが、そんな余裕はない。
「ふ、ボーナス出さなきゃね」
アオはポツリと呟く。
「貴様ら! 俺様の命令を無視したな!?」
ライドは剣を持っている騎士の片方を抑える。どうやら今の敵は騎士3人だけらしい。
――もう1人、つまり剣を持っている最後の騎士は俺に斬りかかってきた。
しかし、攻撃は繰り出されない。
「……《隻衝》」
メルキアさんが放った雲が剣の腹を捉え、剣ごと空の彼方に消えていった。
重力に逆らい、騎士の腕力に逆らって。
(ふぃー! 危なかったですね)
本当に一瞬の出来事だった。それぞれの行動が重なり合い、一瞬を成したのである。
「いや、まだだ!」
剣を失ったものの動ける騎士は2人。その2人がなりふり構わず殴りかかってきた。
「ふんぬぅぉりゃあっ!」
2つの拳を受け止め、他の客を巻き込まないように押し返す。柵を壊し、2人はテラス席からご退場。
パンパンと手をはたきながら、彼らを見下した。
「はぁ……はぁ、俺はお前たちの“敵”だ!」
ライドの抑えていた彼も抵抗を諦めた。
「《拘束》」
メルキアさんが生み出した雲が騎士の手を縛る。ライドがそいつを外に引っ張り出した。
「今回は俺様が引き下がろう。しかし、今後はそうもいかないからな。覚えていろ!!」
ライドの負け惜しみが聞こえたときには、既に彼はいなくなっていた。
「食い逃げしたわね……騎士団のくせに。正確には料理に手を付けてはいないのだけれど」
そこでようやく本当の収束が訪れたのだ。
「――お騒がせしました! どうぞごゆっくり!!」
アオは周りの客に対して頭を下げた。俺も倣って謝る。
「申し訳ありませんでしたっ!!」
シンと静まり返るテラス席。冷たい言葉を覚悟し、目をギュッと閉じた。
しかし、その予想は外れる。
「あの少年が救世主だ!」「王国を救ったヒーローか!」「よっ救世主エックス!!」
その場は大盛り上がりの色を見せる。酒の回った客もそうだし、そうでない客も手を叩いた。
「……え?」
手付かずの“おもてなしフルコース”が乗ったテーブルに座らせられた。誰に? ――メルキアさんに。
残りの席2つには隣のテーブルから屈強な男2人組が座り、テーブルを囲むようにジョッキを持った男たちに囲まれる。
「え、えっ!?」
「働け……るわけないわね、その状況で。まあいいわ、サービスよ」
アオは俺を突き放し、さっさと業務に戻っていった。
「さあ食え!」「遠慮はするな食え食え!」「くえっくえっくえ!」
(チョ〇ボール!)
俺は夜明け前まで囲まれ続けた。
カトレアさん特製の“ドクターチリペッパー”で乾杯をし、飲み明かした夜。
他からも見物客がよってきて、それはそれは大盛況だった。中には王国から避難してきた集団のひとつもあったそうだ。
レーベットの街は眠らない。




