ワレモノ注意の逃避行
「えっと、こっち?」
アウトドア趣味の「ア」の字も知らない俺は、木々の中を行ったり来たりしていた。
――というのも、明かりがなく、自分の居場所が分からないからだ。
バーサーカーを抱えるので両手が塞がってしまっているため、慎重に歩くしかない。
その結果、方角が分からなくなって時間はかかるわで大変だ。
(もうそろそろ抜けられるはずなんですけど)
「もう疲れたよ……」
なんて言ってると、葉っぱの合間から光が見えた。希望の明かりが一筋。無くなりかけた体力が回復した気がする。
興奮気味に走った俺は、足を引っかけそうになった。
「っと、危ない危ない」
ヒヤリハットを感じつつ茂みを抜けた。そこは街道。戻ってこれたんだ、と安堵の息をついた。
もういっその事、ここで夜を明かしてもいいんじゃないかと思った矢先、怒鳴り声が届いた。
「――貴様! エックス!!」
それは聞いたことのある声。
夜なのに光り輝く鎧。ライドには松明を持つ連れたちがいた。
今度はまったく見たこともない騎士だ。
「あー……こんばんは。ははは」
苦笑いでどうにかできないかと思ったが、どうにもならない。ヤツはガシャガシャとやかましく近寄ってくる。
(まーたあの七光りですか)
天の声もうんざりしてしまっていた。
またもやライドが俺たちをピンチに立たせる。本日2回目だ。あまりにもデジャブ。
「つっても、どうすればいいんだ? 普通にマズいよな……」
ライドたちと対峙しているこの状況。
バーサーカーを討伐しに行ったのに、バーサーカーをお持ち帰りしようとしていることがバレてしまえば、もう後がない。
この子をバーサーカーから救い出した、という設定でもこしらえてしまえば、このピンチを切り抜けられるけど……いかんせん姑息だ。
あまりにも分が悪い。
(ライドもバーサーカーもパーティーメンバーなので、即☆斬☆首みたいなことにはならないのが救いですが……)
そう。警戒すべきは、「仲間だからノーダメ」が通用しない“連れ”のほうなのだ。彼らから嫌な予感がする。
「やはり……!! 団長、エックスは寝返ってしまったようです!」
「何ィッ!? やはりか!!」
――やっぱり。この騎士たちも俺に仕向けられた罠だ。
「待ってくれ! そいつの言うことを信じるなよ、俺はこの子を助け出したんだ!!」
「そうなのか!? おのれ、騙したな! 一介の兵士の分際でこの俺様をォ!!」
彼は振り返り、部下に対して剣を引き抜いた。
ライドがバカで良かった。心底そう思う。
しかし、騎士たちもそれで引き下がる相手ではなかった。
「違います団長! あの女の子がバーサーカーなのです!」
「むむむ! エックスめ、見損なったぞ!!」
『見損なった』のは俺のほうだ。そんな簡単に靡くヤツだとは思ってなかった。
ライドは剣を構えやがる。完全にやる気だ。
「くっそ、何がむむむだ! このド低脳がァ!!」
俺が啖呵を切ると、ライドは斬りかかってきた。
「覚悟!」
これはブニュブニュするだけで脅威でもなんでもない。
「クソがッ! お前たち、エックスを斬れ!!」
――来る! 取り巻きたちの攻撃は避けなければならない。だけど、間に合わない!
咄嗟に背中を向けた。
強い衝撃がいきなり激痛に変わる。背中の上らへん、肩甲骨の辺りを斬られた。
(何やってるんですかエックス!!)
「この子を守らなきゃ……ならねえだろッ! 《血絲》!」
赤い魔法陣を喚び出し、次の斬撃は防いだ。
(いいですか、バカエックス。レーベットは右のほうです。逃げなさい!!)
「合点承知の助! ちょっと乱暴だけどごめんな!」
俺は、血だらけの背中を敵に向けて走り出した。本気では走れないものの、それでも我ながらかなり速い。少なくとも現実の俺とは大違いだ。
「待てー! 我ら王立騎士団! 秩序を保たんと敵を討つ!!」
「うおおおおお! エックス、覚悟!!」
――休むことなく走り続けること十数分。
足音と声はぴったりとくっついてきている。
少し高い丘の上から、最初の街と同じく壁に囲まれた目的地が見えた。
「あれが、隣町レーベット!」
走りながらその街の規模を測ってみると、天の声が言っていたように、王国とは全然違う。広すぎて端っこが見えない。
(はい。ここから街まで下り坂なので、気を付けてください!)
下りの衝撃は上るときよりも大きい。できるだけ彼女を揺らさないよう、膝を曲げて進んだ。
「待てー! 裏切り者めー!」
追っ手はすぐそこまで来ている。
(ほら、急いで!!)
急き立てる天の声。
「気を付けるのか急ぐのか、どっちだよ!!」
(どっちもだよ!! なんでもいいから走ってください!)
体を前に傾けて、勢いをつけた。少しでも足が出るのが遅れれば、すってんころりんどころじゃない。
「うおおおお!!」
今の気分はサバンナを駆ける“けもの”だ。血の匂いが俺を昂らせる。あーはー!
斜面が終わり、ここからは物理でいうところの等速直線運動だ。
ゴールの門を見据える。門は開いているが、隣に兵士が突っ立っていた。
ライドが率いていた騎士とは違う色の装備。
向こうもこちらに気づいて槍を交差させ、俺の行く手を塞いだ。
もうブレーキが効かない。俺は強引に身体を捻って背中でぶつかった。
傷に傷が重なる。
「――貴様、何やつ!」
「救世主エックスだ! この通り、王様のお使いだよ!!」
胸のバッジを見せつけると、兵士は退いて敬礼を飛ばしてきた。
「よっしゃ、後ろのヤツらは通さないでくれ!」
俺は街へ駆け込んだ。
「衛兵! ヤツを捕まえろォ!!」
背後からライドの声がする。
「む……ヤツはノートマンのところの長男か」「確か、王立騎士団長になったはずだが」
「むむ、やはり怪しい! 待て貴様!!」
衛兵は、何が起きてるのかを冷静に分析しやがった。有能な兵士だけど、今はそれがキズだ。
俺は逃げる足を早める。
「な、待て! 俺は後ろのを止める。お前はアイツを捕まえろ!」
2人のうち片方が俺を追ってきた。
「敵が増えちまった!」
まだ追いかけっこは続くらしい。街の中だから、上手くやれば撒けるかもしれない。
中心の方へ少し走ると、街が明るくなってきた。
レーベットの街、月の下。両脇には出店が続いて客引きの声がひっきりなしに聞こえる。
人通りが多すぎて一寸先が見えない。
「なんだここ!? 眠らない街か!」
そう言いながら、俺は躊躇わず人の海に飛び込んだ。
槍を持ってきた兵士は背後で立ち往生してくれた。
(言ったでしょう? 「木を隠すなら森の中」だって。ま、今のあなたの傷じゃ目立っちゃいますけど)
赤い服を着ている人はなんていない。俺だけの奇抜なファッションだ。
目を引くのはそれだけじゃない。
俺の抱える少女も、ダイヤの原石みたいな美しさで目立った。ボロボロの布切れだけじゃ隠せない魅力だ。
とりあえず走ってはいるが――
「――どこに逃げりゃいいんだよ!」
と、そのとき肩を掴まれた。屋台から伸びるその腕はガチガチに鍛え上げられている。
「ちょっと待った兄ちゃん! チキン食うか!?」
「はぁ!? チキン!?」
脇からかけられた声に、俺は半ばキレ気味で答えてしまった。こんな状況でチキンを食うバカなんているもんか。
「おう、ちょっと寄れ」
俺を呼び止めたのはハゲのマッチョ。ガタイの良い彼は俺に目配せを送ってきた。
そこでハッとした。俺の知る限り、この手のタイプは決まって人が良い。俺は警戒することもなくホイホイ近付く。
(こ、この方は……!)
そこそこ距離があるのに、腕を伸ばして俺をがっしりと掴んできた彼。彼が格ゲーに登場していたなら「吸い込みのザンギ○フ」とでも呼ばれていただろう。
俺は彼の横に立つと、屋台の下に押し込まれた。乱暴だった。
「痛ッ!」
背中を丸めると傷が開いて痛い。深呼吸では誤魔化しきれない痛みだ。
泣くことものたうち回ることもできない。痛すぎる。
「この程度じゃあ死なねえよ!」
マッチョの彼は背中をバンバン叩く。
「痛い痛いって!」
悪い、と笑い飛ばす彼には敵わない。なんか大丈夫な気がしてきた。
間違いない。典型的肉体派の良キャラだ。
彼は、しー、と痛がっている俺に合図をした。そして屋台の正面に向き直り、誰かに向かってこう言った。
「お勤めご苦労さん、チキン食うか? 兵隊さん」