須臾の世界で“今”を知る
――『バーサーカーはなかまになりたそうに こちらをみている!』
出会いは、突然に。
このウィンドウは音沙汰もなくやってきた。もちろん、自分の意思で呼び出したわけでもない。
時の運行は緊急停止を余儀なくされ、バーサーカーの攻撃もその影響を受けた。
刀を抑えていた俺の左腕が内側に倒れて、顔に刀の背が触れていた。つまり死ぬ直前だったのだ。
「…………また……また、助けられた!」
空中に固定されたバーサーカーのせいで、その狭い空間から抜け出すのに苦労した。
苦労して立ち上がった末に目眩がする。
(今回ばかりは私も死を覚悟しましたよ)
「……え、死ぬの? 天の声って」
(私の命はあなたとともにありますからね)
「そうなんだ。2人分の命か」
未だに鼓動は速いまま。
ライドのときとは違い、今回はしっかりと命の危機を感じていたから、助かった今でも本当に息が苦しい。
「はぁ……どうすっか……」
ウィンドウには相変わらず2択の選択肢しかない。
『いいえ』のほうを選んでもいいが、最早その気はない。
かと言って『はい』を選んでしまえば、俺がバーサーカーを討伐することは叶わなくなる。
「……とりあえず、一息ついてもいいかな?」
(もちろん、いいですよ。私もちょっと寝ます)
「ええ!? 寝ちゃうんだ……」
(当たり前でしょう。最大限のパフォーマンスのためです)
彼女がそう言うと、頭の中のスペースが広がった気がした。ずっと天の声が居座っていた脳内。
晴れない気持ちを抱いたまま、俺はその場に座り込んだ。
目の前の少女はとてつもなく美しい。かわいさの両立した美しさだ。こんな子が現実にいれば、芸能スカウトの標的にされること請け合いである。
「まさか、バーサーカーの正体がこんな女の子だったとはな……」
なびく黒い髪は月の光を全て吸収してしまい、照ることはない。それだけの暗さ。
「どうして、彼女はバーサーカーなんかに……」
生まれつきの悪なのだろうか。それとも人生を変えてしまう大きな出来事でもあったのだろうか。
「しかも《亜空魔法》を使っていた。釘を出したり、ハンマーを生成したり……」
勇者の証であるはずの《亜空魔法》を、だ。いよいよもっておかしい。
「ん、いや……最初、彼女は鎖に繋がれてたよな。飼い犬みたいに」
そういえばあの巨漢、俺が倒したアイツは何者なのだろう。
気になったので、崖面にできたクレーター、その下に向かったが……
「――ッ!? いない……」
ヤツにはまだ意識が残っていて、この場から逃げたのだろうか。
「ヤツの正体、絶対に重要なはずだ。逃がしては――」
足元に目線を落としたとき、俺は気付いた。足跡があったのだが、明らかにおかしいのだ。
「足跡が……多い?」
無造作に、様々な向きの足跡が、およそ5人分。
「どういうことだ?」
俺がバーサーカーと戦っている間に、誰か他の人間がここに来て巨漢と一緒に逃げていった?
全くもってわけがわからない。わけがわからないよ。
足跡は同じ方向に続いていっていた。茂みの中の暗がりのほうへ。
俺も足跡をなぞって歩いた。そこに何があるのか、内心ビクビクしながら。
「こ、これは!? う、嘘だ……ッ!」
デカブツを肩に乗せて運ぶ集団。その服装には見覚えがあった。
俺が街を出るときに声をかけた、あの兵士たちだ。ボサボサ頭の無精髭もいる。見間違いなんかじゃない。
「何がどうなって――こうなってるッ!?」
分からない。だが、少なくとも、“今”、何かがヤバい。
状況が俺の理解を超えていく。俺が知ってるよりも大きな何かが起きている……!!
たまらず、俺はバーサーカーのほうへ戻ってきた。収まりつつあった呼吸が、息を吹き返したかのように荒くなる。
「なあ! 起きてくれ天の声!」
(ん、むにゅぅ……あと5分、いや10分だけぇ……)
その反応にシンパシーを感じたが、今はそうも言っていられない。
「悪い! マジで起きてくれ!!」
赤い宝石のペンダントを揺らし、天の声に訴えかけた。
(ふわぁあわ……人の起こし方が荒いですね……お母さんじゃあるまいし)
「本当にすまない。俺だって寝かせてあげたいけど、緊急事態なんだ」
(一体全体、どうしたんですか?)
「あー……俺の頭の中にいるんだから、記憶でも読めない?」
(少々お待ちを……ふむふむ、ほむほむ)
天の声はしばらく黙った。
(なるほど。かくかくしかじかのようなことが起きていたと)
「そうなんだ。もしかしたら、“今”、俺たちは追い詰められてるんじゃあないかって」
(ふむ……良い勘してますね。私の中で犯人の目星はついてますけど)
「犯人はヤス……とか?」
(あんのクソ大臣ですよ。下手したら二度と王国には行けないです…………ま、憶測の域を出ないので、まだわかりませんが)
「ん、そうか……」
今思えば、最初にバーサーカー討伐を提案したのも彼だったし、国のNo.2なのだから兵士の中に大臣直属の配下もいただろう。
今となってはあの無精髭がそうだったのか、そうでなかったのか、なんてどうでもいい。彼は少なくとも味方ではない。
「……『はい』を選ぶのは“ありよりのあり”ってヤツだな」
仲間であるライドは多少信頼できるが、それでも多少だけだ。
下手をすれば国に反逆を行うことになるヤツの仲間でいてくれるだろうか……いや、期待はできない。
彼だって次を間違えば騎士団団長ではいられなくなる。自分の身を案じるはずだ。
つまり、俺は今、戦力を必要としている。失った穴を取り繕うというわけだ。
(いいんですね? 彼女を――バーサーカーを仲間にすれば、旅は困難なものになるかもしれません)
「ああ、構わない。世界を救うためだ」
――それに、彼女には思うところがある。
こんな小さな子がバーサーカーなんて呼ばれて、忌み嫌われて、鎖で繋がれて、泣いていた。
俺は、たとえ彼女が人を襲っていたとしても、彼女を守ってやらなきゃいけない――そう思ったのだ。
「じゃあ行くぜ。ファイナルアンサー、『はい』だッ!!」
その瞬間、世界に時間が戻ってきた。