凶戦士、月夜に嗤う
(――ッッ! 来ます!!)
左腕の盾を前方に構え、襲いかかる正体不明の攻撃を防ぐ。
が、しかし、その威力は凄まじく、吹き飛んだ俺は背中を大木に強打した。
「ぐッ!」
月明かりと、俺より頭一個分小さいくらいの人影。
そのシルエットは、空間にポッカリと穴が空いているかのように暗かった。
(まさか、彼女が……)
「彼女がバーサーカー……!!」
お化けの可能性も微粒子レベルで存在しているが、相手がお化けでもバーサーカーでもやることは同じだ。
俺はバックラーを構えながら、ブロードソードを握る右腕に力を入れた。その姿勢のまま、歩み寄る。
「アハっ! こん、ばん……ワァ! ボクを傷つけようとする哀れなおにーさん、アハハハハ!!」
髪が黒に染まっているのに気が付いた。
非常に嬉しそうな、跳ねるような声。確かにそれは女の子のものだ。
同時に、女の子が発してはいけない覇気も感じた。常人じゃない。
肌が粟立つ感覚。
「君がバーサーカーだったんだね」
恐る恐るだが、言葉をかけてみた。
「ウン、ボクがバーサーカーだよォ。ひとつ聞きたいんだけどおにーさん。さっき街のほうがうるさかったけど何があったのかな?」
彼女は情報通り、ハンマーを引き摺っていた。身長大のそれは、命を叩き潰す以外の使用用途が思いつかない凶悪なデザイン。
一体、どこから持ってきたのか……いや、生成したのか。
(《亜空魔法》……)
「《亜空魔法》って、勇者の魔法かなんかじゃないのかよ?」
(はい、勇者だけが生まれながらに持っている魔法です。しかし、彼女には事情がありますね……)
天の声は黙った。
(手強い相手です。あの兵士たちの心配は杞憂でも何でもなかった……!)
息を呑んだ。今まで散々余裕ぶってきたあの天の声が、その調子を崩すとは……
「ねェ。ボク、聞いてるんだけど」
「え? あ、怪物が出たんだよ。山のようにデカいヤツが」
「フゥン、そうなんだぁ……」
――何なんだ、何なんだコイツ! 怖すぎて身体が動かない! 小鹿のように膝が震えたりもしない!
「懐かしくて嫌な匂い。ねェ……おにーさん、もしかして勇者? 返答に依らず殺すけど」
「ああ、勇者だぞ。俺は救世主エックスだ」
そう言い切った瞬間。涼しい顔をしている場合じゃなかった。
(――4時!)
「ヴぇ――!?」
視界外、意識外からの不意打ちだった。咄嗟に身を翻し、飛来する“それ”を避ける。
“それ”とは細長い四角錐。ほんのりと紫色に光る和釘のようなものだった。
天の声が気付かなければ即死だったかもしれない。
「アハっ! ボク、ゾクゾクしてきちゃったよォ……」
「俺は最初からずっとゾクゾクしてるよ」
なんてったって死と隣り合わせのこの状況。今となってはお化けにビビってたのがバカバカしかった。
「でもォ……おにーさん、殺さなきゃなー。残念残念だよ」
わざとらしく彼女は言う。つまり、余裕がある。底知れない迫力。
さっきまでの彼女とは何もかもが違うのだ。一人称だって、髪の色だって違う。
「俺も、君を倒さなきゃいけない。救わなきゃ!」
「そうだよね。ボクを野放しにしたのはおにーさんなんだから」
「……《展世》」
気は抜けない。バーサーカーを視界から離さず、新たに剣を生成した。
リーチは長く、それは日本刀。彼女の持つハンマーと同じくらいの間合いが確保できた。
(賢明です。ただ、刀だと盾は使えませんね)
「盾で受け止めるなんて思っちゃいけない。さっきの攻撃だって本気じゃなかった」
(……避けきれますか?)
「できるかじゃなくて、やるんだよ!」
(フフっ、馴染んできましたね)
「後悔しても遅いよ。《美恋》!!」
魔法陣が次々と、俺を囲うように展開される。半球状に連なる魔法陣に隙はない。
(『飛び道具』……!)
「魔法かッ!」
正面から頭の後ろまで、どこを向いても死角が発生してしまう。
「アイツのために、そしてボクのために死ーんでっ? 勇者様が」
彼女は顔を傾けて、ニコッと微笑んだ。まるで天使のような悪魔の笑顔。
あの和釘が顔を覗かせる魔法陣は、キッと輝いて釘を発射する。
「うおおおお!!」
まずは身体を右斜め前に滑らせ、4分の1を避ける。刀は右手に任せ、左手で地面を撫でるようにして体勢を保った。滑り出した勢いをそのままに、前に突っ込む。
続いて0コンマ1秒ほど遅れて射出された釘が俺を捉えた。
右に行くにも左に行くにも隙が生まれてしまう。にっちもさっちもいかない。
飛んで避けようとしたそのとき――
(――地面から離れてはいけません!)
「ヴぇ!?」
俺は重力の反対を振り切り、宙へ飛び出していた。これが第一の間違い。
勇者の跳躍はカエルよりも高いのだ。
「アハっ! ぜーんぜん素人じゃん!! こんなんじゃアイツでも思い出さないよォッ!!」
彼女も俺を狙って飛んだ。
飛んだだけなのに、地面がえぐれた。爆発でも起きたみたいな跳躍力。
簡単に俺を追い抜いて、高く出る。
そのハンマーを思いっきり振り上げた。いっぱいに広がる満月と、彼女の凶悪なシルエットが重なる。
逆光で見えないが、彼女は嗤っていた。血よりも赤い瞳にシアワセそうな笑み。
(来るッ!!)
意識がその一点に集中した。
ヤツが来たら、刀で受け止める。生成した刀だから刃こぼれなんて気にしない。
「死ねよォッ裏切り者がッ!!」
音を立て、風を切って落とされる鉄塊。俺は刀の腹を抑えて受け止めた。これが第二の間違い。
「うああああ!!」
地面がないから止まられない、止まらない。
――地面から離れてはいけないとはこういうことだったか。
俺たちは垂直に落下し、またもや背中を強打した。
勢いが乗った攻撃はなんとか持ち堪えられた。だが、肘は地面について押され気味である。
「うおああああああああッッ!!」
どうしようもなく叫んだ。持てる力を、筋力を総動員して刀を抑える。
――突然、左腕の力が抜けた。さっき酷使してしまった反動だろう。
このままだと圧し潰される…………
盾で受け止められていたら《那浪》で反撃できたのに。
見誤ったか、「やってしまった」という言葉が脳裏に浮かんできた。
「クソがあああああああ!!」
生まれて一番の絶叫を――雄叫びを、目の前の殺人鬼に思う存分浴びせる。
俺の中の救世主は、最後の叫びで目を覚ました。
――――『バーサーカーはなかまになりたそうに こちらをみている!』