笑ってはいけない謁見24時
「――フン。勇者様も随分と甘いもんだな」
豪華な黄金の鎧は戦闘が終わってもそのままのようだ。
俺は王様に挨拶をしに行くため、ライドは王様に被害状況の報告をするため、俺たちは一緒に城へ歩いた。
「あんなこと言われたら、ああするしかないだろ」
泣き姿なんか見せたら、彼女に心配をかけてしまう。そう思ったのだ。
仕方ない、気丈に振る舞うことなんて全く慣れていないのだから。
「親というのは、大切にするものだぞ? 特に母親はな……」
「いわれなくても」
――もう辺りも暗い。街灯の暖かな明かりが道を照らしている。城下町の方とは違って静かだ。
ガチャガチャと音を立てる騎士団長と俺は、近衛兵の立っている登城門を抜けた。
「エックス、身だしなみは整えたか?」
「え?」
(問題ありませんよ。問題があるのはコイツの頭です)
「あ、あはは。だいじょぶ」
サッとそっぽを向き、口を手で隠して小声で尋ねた。
「単刀直入に聞くけど……天の声ってばめちゃくちゃ怒ってない?」
(ノートマン親子が揃ってしまうのだから、そりゃもうクソッタレです)
ノートマンとはライドの性名で、彼女が非常に毛嫌いしている大臣が彼の父親らしい。
「腐っても天の声なんだから、もっと慎ましく麗しくしてよ」
(はーい)
全く心のこもっていない空返事を寄越されたが、俺がここでとやかく言っても仕方ないだろう。
頭の中の剣呑な雰囲気をそのままに、俺たちは光の溢れる城の中へ入った。木の扉は歓迎の音を響かせる。
「ワーオ、こいつぁすげぇや」
内装を見た俺は、そうとしか言葉が出てこなかった。
眩いほどの白色と金色、そして赤の差し色で構成された吹き抜けのエントランスホールはだだっ広い。
使用人のが纏う黒色が空間を引き締めている。また、彼ら彼女らのおかげで白色が白色を保っているのだと、そう感じた。
豪華絢爛なのは装飾だけでなく、この城の構造自体も贅沢そのものだった。本物のレッドカーペットが真っ直ぐと、眼前の階段に続き、左右の二手に分かれている。2階部分はエントランスをぐるっと囲む廊下。
奥側にはさらに階段が続く。
「この階段を上がれば謁見の間だ。無礼のないように」
「あたり前田のクラッカーよ。伊達に人目を気にして生きてきてない」
(いざというときは、遠慮せず頼ってくださいね。それと……王様を見て吹き出さないように)
「えっ?」
「さあ、行くぞ」
天の声に一抹の不安を覚えつつ、階段の一段一段をしっかりと踏みしめ、王様が鎮座する3階へ上った。
「ヨク来まシタねー!」
俺が挨拶を言う前に、王様は玉座から立ち上がり大声を放っていた。
「は、ははー!」
反射的に絨毯に片膝をつき、和とも洋ともとれない返事をしてしまった。
「クルシュウナイ。チコウヨレ!」
王様の話し方はなぜだか、オウムみたいな片言だった。
顔を上げた俺の目に飛び込んだのは、ブロンドに碧眼、オマケに鼻が高いお兄さん。
「ちょ、ちょ、タンマ。何この外国人」
(王様ですよ。そりゃ外国人でしょう)
「いやいや、若えし! しかも外国人ってかエセ外国人じゃんこんなの!」
ヒゲが無い。王様というより王子のような印象を受けた。
「どうなさレタ!? 気分でも悪いデスか?」
「い、いえ……フフっ」
ダメだ。彼の真剣そうな顔を目にすると、笑いが込み上げてしまう。勘弁してください王様。
「チミが怪物を倒したという少年デスね!? コレ、つまらないものデスが、どうぞ」
王様から直接渡された麻袋の中身は金ピカ硬貨だった。数え切れないほどの枚数が詰め込まれている。
そしてもうひとつ、バッジを手渡された。
「コレをつけてくだサーイ。コレがあれば多少は旅も楽になるデショウ」
「えっ、まだ旅に出るって話してないのに」
「“タイテ”のコトは分かりマス。これまでも、勇者は16歳のバースデーに旅立っていきました。テメエもソでしょ?」
「ふっ、ふふ……はい、仰る通りです」
ダメだ。笑いを堪えきれない。処刑されてしまう。
「あのさ、王様って1週間で世界が滅びること、知ってるんだっけ」
(いえ、この世界に生きるものでそれを知るのはあなたと魔王だけ……)
「そうなのか」
ということは、この世界の住民は特段に焦ったりしないわけだ。魔王が表立って攻撃を仕掛けた今日、多少の変化は見られるかもしれないが……
王様の隣には眼鏡をかけた男がいた。眉間に皺を寄せているが、彼は俺を見て鼻で笑っている。
(アイツがクソ無能のノートマン大臣です……注意してください)
恨み節が炸裂しとるがな。親でも殺されたのかとすら思える。すべてをつかさどるものを敵に回すだなんて、本当に彼は何をしたというのだろうか。
「不肖、ライド・ノートマン、ご報告へ参りました」
――と、ここで彼のフォローが入った。
ありがとう。俺は心の中で心から感謝した。
「被害状況どうデスね?」
「大変に深刻な状況です。7,800人が住居を失い、港の倉庫も一部被害を受けました」
彼は淡々と報告を続ける。
「そして、“調停士”が足に怪我を……」
大臣は手元の本に目を落とし、眉間の皺をより一層深めた。
「3日後に控えた海賊との会談は可能そうか」
「難しいかと」
「それは困りまシタね……」
3人はその場に止まって、何かを考え始めた。
(“海賊”は三大勢力の一角。この国も加盟している“連盟”との交渉の際、第三者として“調停士”を必要とするのです。それ以外にも仕事がありますが)
「ほ、ほへー」
なんだか小難しい話になってきた。
「ひらめきまシタよ! そうデス。彼がいるじゃないデスか! 彼に“調停士”を任せマショウ!!」
「え、俺?」
こちとら1週間で世界を救う身なのだが、そんな大きな“おつかい”ができるとは思えない。
(……いえ、上手く使えば、世界を救うのに大きく前進できます)
「マジか。逆に、引き受けたほうがいいのか」
(ええ。もう私の頭の中にシナリオは組み上がりました。是非とも承りましょう)
「そうか、分かった」
「――貴様、名をなんと申すデスか!?」
「ンフ、フフっ……エックスです……」
俺は大晦日のお笑い番組でもやっているのか。どう考えても笑わせに来てるだろこの王様。
「何ができるデス?」
「え、えーと。剣と盾の生成。あとは……ビーム攻撃?」
誰だったか、騎士が《亜空魔法》と呼んだ魔法のことだろう。
「――“人を仲間にする力”」
そこで口を挟んだのはライドだった。
「この俺様を仲間にしただろう」
「な……ライド! お前このバカの仲間になったのか!?」
ノートマン大臣は震える手で眼鏡をかけ直した。それは驚きによるものなのか、怒りによるものなのか。
――てか俺のこと「バカ」っつったなこのおじさん。
「ええ、問答無用で仲間にさせられました」
彼は涼しい顔をして大臣の方を向いた。大臣とは違い、彼は余裕そうだ。
――ええぞ! もっと言ってやれ!と、俺は心のなかでライドを応援した。
(潰しあえ!)
天の声にとってはライドも敵らしいが。
「……ライド、お前はなんの功績も立てられなかったそうだな」
大臣のその一言で場が凍りついた。あのエセ外国人王様すらも真剣な面持ちで、両者の話に耳を傾けている。
「せっかく騎士団長の後任に進めた私の苦労はなんだったのだ」
それは苛立ちを滲ませた口調だった。
(完全に言い切りやがったなコイツ。やっぱり七光りじゃないか)
大臣に声が届かないからといって、天の声は好き勝手言い放題である。
一方で俺はお口チャック、ミッフィー顔。ただただ黙って行く末を見届けた。
「……大臣、いえ、父上。無駄な苦労を負わせてしまったことはお詫びします。しかし、俺の失敗は俺が取り返す以外にありません」
「……」
仏頂面の大臣は呆れたのか、銅像のように固まっている。
「わかりマシタ。ライドくん、貴様は騎士団の“だんちょ”サンとしてフンドシ締めるネ! 騎士団には避難する人たちの警護を、その後は怪物の正体の調査!! 以降は様子を見つつ、魔王の動向を調べるネ!!」
「はっ!」
ライドは胸に拳をあて、引き下がった。一瞬、その顔がほころんだようにみえた。俺とは違うベクトルの“笑み”だ。
俺は俺で、必死になって肩の震えを我慢しているのに、王様がこっちを向いた。
「……それで、エックスくん。あなた“人を仲間にする力”があると、そうおっしゃいマシタね?」
「――っ! は、はい」
突然こっちに振ってきたからビビってしまった。
「この世界には古い伝承があります。とっても古い伝承が……」
彼の言葉から片言がなくなった。とても流暢な日本語で、彼は語り始める。
「――それは世界が閉ざされる前のこと」