8 パパさん
近藤家のパパさんは謎の人物である。
紹介が遅れたのも、嫌いだからというわけではなく、素性がハッキリとしないからだ。
吾輩が近藤家に居候することになったのは、パパさんが上司から譲られたのが理由だ。
しかしモフモフすることもなければ、吾輩を見てニヤニヤすることもないので、猫好きには見えないのである。
まったく興味を示さないので、どうして飼おうと思ったのか理解できないのだ。
といっても、商社に勤めるパパさんは忙しく、そもそも顔を合わせる機会が少ないので、仕方ない部分ではあるが。
だからこそ、吾輩を飼う理由が謎なのだ。
これは憶測になるが、社内政治に巻き込まれる形で、仕方なく吾輩を引き取ることになったのではないかと見ている。
それが事実ならば、吾輩は政争の具にされたわけだが、パパさんの出世のためならば、納得するしかあるまい。
それが大好きなママさんのためでもあるからだ。
「いってきます」
今朝もパパさんは六時前に家を出た。それを吾輩は階段の上から見つめるだけしかできなかった。
その日の夜、ダイニングキッチンで家族四人が夕飯を食べている時、珍しく吾輩の話になった。
「次の新作はいつ?」
尋ねたのは妹のモコだ。
「分かんない」
タカカズが気の抜けた返事をした。
そこでママさんが吾輩の気持ちを代弁する。
「もう飽きちゃったの?」
タカカズが弁明する。
「飽きる以前にさ、誰も観てないからね。七本投稿して総再生数が七百いかないって、それは伸びしろゼロだから」
それを吾輩はリビングのソファに座って聞いているのだが、数字は嘘をつかないので、現実として受け止めるしかなかった。
「お気に入り、いくつあるの?」
モコの質問に兄が答える。
「3」
それを聞いて中一の妹が爆笑するのだった。
悔しいが、それも現実である。
「3って、三人でしょう?」
ママさんが笑わずに続ける。
「三人もいるなら続けたらいいじゃない」
タカカズが微妙な顔をする。
「うん、まぁ、そうなんだけど」
タカカズよ、吾輩には解るぞ。
これから何十本と似たような動画を投稿しても人気が出ることはない。だからといって、お気に入り登録をしてくれた視聴者を蔑ろにしていいわけじゃない。
そこで十五の少年は揺れているのだ。
「クラスの友達がね、トラちゃんの動画を楽しみにしてるんだよね」
タカカズが目を輝かせた。
「まじか」
勘違いしているが、モコの友達は「吾輩の動画を楽しみにしている」と言ったのであって、タカカズのファンではない。
「友達が家に遊びに来たいっていうんだけど、いいかな?」
モコがママさんに許可を求めた。
「前もって来る日を報せてくれればいいけど」
「やった」
家に吾輩のファンが押し掛けてくるというのに、それでもパパさんは一切関心を示さないのであった。
やはり謎の男である。