5 近藤家の食卓
近藤家では、金曜日の夕飯メニューだけ子供たちのリクエストを受け付けている。それは付き合いの多いパパさんが家でご飯を食べないからだ。
長女のモコと一緒に買い物に出掛けるママさんが、リビングの大画面テレビでゲームをやっているタカカズに尋ねる。
「今晩は何がいいの?」
「唐揚げ」
ママさんの顔を見ずに素っ気なく答える長男坊に、吾輩がムッとしたのは言うまでもない。
「先週も食べたじゃん」
抗議したのは妹のモコだ。
「じゃあ、なんでもいいよ」
この通り、タカカズには食への拘りがないのである。
「だったらハンバーグがいい」
この通り、モコも吾輩にお伺いを立てるということを一切しないのであった。
二人の子供が吾輩の大好物である魚を選んでくれれば、一口くらいはおこぼれに与ることができるというのに、気にも留めてくれないのである。
もう、一か月もマグロの赤身を口にしていなかった。
マグロが食卓に上がった時、欲しいというアピールをしているので、好物であることは知っているはずである。
それでもマグロを所望してくれないのだから、近藤家の二人の子供は鈍感だ。
いや、ここまでくると血も涙もないと言えるだろう。
「じゃあ、お留守番お願いね」
「うん」
そんなタカカズでも、留守番は得意であった。数少ない特技ともいえる。友達から呼び出しを受けることもなければ、恋人と約束があるわけでもないのである。
ユーチューブのチャンネル登録者としては無能だが、自宅警備員としては有能だと認めざるを得なかった。
それにしても、タカカズの好物が唐揚げというのはいただけない。いや、これは人間全般にいえることなので、諦めるしかなさそうだ。
唐揚げやハンバーグのような濃い味付けの料理など、繊細な舌を持つ猫族には理解しがたい食べ物であるが、味覚音痴の人族にはご馳走になってしまうからである。
そんな人間でも、年を取れば味覚に変化が起こるというが、高校一年生のタカカズが老いるのを待つのは、吾輩にとって気の遠くなる話であった。
そこで呪いを掛けることにした。
ゲームに夢中になっている今がチャンスだ。
『魚を好きになれ』
この世には「化け猫」という言葉がある。迷信や都市伝説かもしれないが、完全には否定できない。
『魚を好きになれ』
吾輩自身、霊の存在を信じる者である。
すると、どうだろう。
タカカズが徐に立ち上がるのだった。
向かった先は、キッチンの戸棚。
そこでポテトチップスを手にしたのである。
限定販売の「鰹だし香る醤油味」
惜しい。
実に惜しい。
今の吾輩の呪詛では、それが限界のようであった。