4 吾輩、ママさんの失くし物を探す
土曜日の昼下がり、三階の自室で日課でもある毛繕いをしていると、階下からママさんの助けを求める声が聞こえてきた。
「モコちゃん、ちょっと来て!」
近藤家の一大事である。
急いで二階へ下りると、だるそうに階段を上がってくる長女のモコと遭遇した。
ママさんが呼んでいるというのに、急いで駆けつけようとしない女に、吾輩がムッとしたのは言うまでもない。
足音を聞きつけて、外行き姿のママさんが寝室から顔を出す。
「ねぇ、ママの手袋知らない?」
「知らないよ」
なんて素っ気ない言い方。
「借りっぱなしにしてない?」
「あんなババ臭いの使うわけないじゃん」
聞くに堪えない暴言である。
「失くすはずないんだけどな」
「トラがどっかに隠したんじゃないの?」
とうとう吾輩のせいにしやがった。
「また他人のせいにするんだから」
「だってウチじゃないもん」
ママさんは信じてくれたが、このままでは濡れ衣を着せられてしまう。
ということで、家探しをすることにした。
これまで見てきた限り、近藤家の紛失物は一階の脱衣所で見つかることが多い。
パパさんの小物や、タカカズの自転車の鍵など、ほとんどの場合が脱いだ服のポケットに入っていることがほとんどだからだ。
幸いにして、吾輩は鼻が利く。犬ほどではないが、人間よりも数十倍は敏感なのである。
しかし、残念ながら見つからなかった。
となると玄関の棚の上にでも置きっぱなしにしているのだろうと考え、移動したところで、またしてもママさんからの呼び出しがあった。
「ちょっと、タカカズ!」
ママさんが脱衣所の前で立っているので、嫌な予感がした。
長男がリビングから面倒くさそうに歩いてきたところで叱られる。
「なんで、いっつも脱ぎ散らかすの」
「知らないよ、トラだろう」
コイツも吾輩のせいにしやがった。
いや、今回は間違っていない。
間違ってないけど、吾輩はママさんの手袋を探していたわけで、ちゃんと目的があったのだ。そこのところをしっかりと説明してもらわなければ困る。
タカカズは、そういった気遣いが一切できない男であった。飼育係たるもの、申し開きができない吾輩の代わりに、ちゃんと弁護してくれないと困るのである。
そんなことよりもママさんの失くし物だ。
玄関にもないということで、二階の寝室に出入り口があるウォークインクローゼットへ行くことにした。
大事な場所なので一番に確認するべきだった。
と言いつつ、現場に到着したものの、クローゼットの扉や抽斗が閉まっていたので、これでは流石に探すことは不可能だ。
途方に暮れて、寝室へ戻ったところで、暗がりに違和感。
ベッドの下の、わずかな隙間。
そこにママさんの手袋を発見した。
と同時に、思い出していた。
昨日、ママさんが買い物に出掛けた時、寂しくなって寝室を訪れたのだが、そこでママさんの匂いがする手袋を見つけて、しばらく遊んでいたことを。
つまり、犯人は吾輩だったわけだ。
まぁ、こういうこともある。
「あら、トラちゃん、見つけてくれたの」
と言って、ママさんがよしよししてくれるのだった。
こんな吾輩でも大切にしてくれるママさんを一生守ってあげようと思った。




