18 成功報酬
週明けの月曜日に、久し振りにユメミコが我が家へとやって来た。実に五日ぶりのことであった。
人間にとっては大した日数ではないが、吾輩にとっては一か月くらいの間隔のように感じられた。
それが人間と人間以外の生き物における永遠に分かり合えない感覚差というものである。
「で、うまくいきそう?」
吾輩の部屋に入ってくるなり、旧交を温める挨拶もなく、いきなり質問から入るのだった。
モコはいつものように、着替えるのに時間が掛かるため、二人きりの状態である。
「なにが?」
尻尾文字で質問返しをすると、ユメミコが怪訝な表情を浮かべるのだった。
「お隣のレイカさんだよ。猫嫌いの誤解を解かないと未来が変わっちゃうのよ?」
それは前にも聞いた。
「吾輩に解決しろと?」
「当たり前でしょう」
泣きついてお願いしない分、のび太くんより性質が悪く感じる。
「たっぷり時間があったのに、なにしてたの?」
そう言って、くたびれた様子で机の前に腰を下ろす。
「飼い猫はいいよね、毎日食べて寝るだけでいいんだもん」
それは一番言ってはいけないことだ。
「ほんと、うらやましい」
ユメミコは、吾輩がママさんの布団を温める重要な任務に就いていることを知らないから、そんなことが言えるのだ。
他にも運動不足のママさんのために、かくれんぼをして、家の中を探し回らせることもある。
吾輩もちゃんと家族の健康を考えているのだ。
あと、大事なことを忘れていた。
「動画を撮った」
「動画って、あれのこと?」
そこでユメミコが部屋の隅に固定されたキャットタワーを見上げるのだった。
「トラちゃんはアレに登っただけじゃない」
またしても言ってはいけないことを言った。
カメラを回してるだけとか、なんの努力もしてないとか、絶対に言ってはいけないことだ。
しかし、それが視聴者の率直な感想なのかもしれない。世間的にも、動物動画なんて誰でもできると思っているに違いない。
配信者が動物虐待にならないように苦心していることや、人一倍ペットをケアしていることなど深く考えてはくれないものだ。
だが、それでいい。
結局は、動画に限らず娯楽というのは面白いかどうかでしかないからである。
吾輩としても、苦労を感じさせるよりも、シンプルに楽しんでもらうだけでいいと思っているからだ。
それが猫のユーチューバーとしても矜持でもある。
「クリスマスまでには誤解を解いてもらわないと困るんだよね」
ユメミコが言うには、どうやら未来では、クリスマスの夜に窓越しで会話をしたことが、タカカズとレイカちゃんの二人にとって大事な思い出になっているらしい。
だから吾輩がいることで、その確定事項が達成できなくなるので、それが問題となっているというわけだ。
「そこを修正できれば小さなバグとして処理されるけど、無理なら看過できない大きなバグとしてリセットされちゃうんだよ」
ユメミコが必死だ。
「そうなると困るの。だから、なんとかして」
そう言われても、ドラえもんの四次元ポケットがあったとしても不可能である。
「なんとかしてくれたら、もう一度、アズキちゃんに会わせてあげる」
アズキちゃん!
神の手を持つ少女。
猫使いアズキ。
「本当か?」
「約束する」
吾輩にとってアズキちゃんのモフモフは、これ以上ない成功報酬であった。