16 解決の糸口
翌日、この日もユメミコが遊びに来るということで、タカカズが急いで帰宅して、今度は箒を手にして、玄関先の掃除を始めるのだった。
妹の友達に「素敵なお兄さんがいて羨ましい」と思ってもらいたいのだろうが、それが透けて見えるため、どうしても吾輩の目には浅ましい男にしか見えないのである。
ユメミコもタカカズには興味がないため、通り一遍の挨拶をしただけで、特に会話をすることなく家に上がるのだった。それを自室の窓から見ていたのだが、吾輩まで惨めな気持ちになってしまった。
当の本人は、なぜか満足気であったが。
「未来に帰る話はどうなった?」
部屋に入ってきたユメミコに尻尾を使って尋ねてみた。
「本部から『ちゃんと元に戻さないとダメだ』って通知を受けた」
「元に戻すって?」
ユメミコが座布団の上に座り、自習の準備をしながら説明する。
「調べたけど、お隣のレイカさんに猫嫌いの事実はなかった。それなのに『嫌いだ』と言われたということは、猫が嫌いなんじゃなくて、トラちゃんが嫌われてるだけなのよ」
さらっと傷つくことを言う。
「本来ならモコちゃんのお兄さんとレイカさんはうまくいくはずなのに、トラちゃんがいるばっかりにダメになっちゃったんだもん。それが元に戻るのを見届けてからじゃないと受からない――」
そこで言い直す。
「じゃなくて、帰るわけにはいかないの」
アホのタカカズと憧れのレイカちゃんが結ばれるなど有り得ないので、未来に帰ることなど一生できないのではないだろうか?
そんな不安をよそに、ユメミコが説明する。
「時間旅行には大別すると、問題にならない行動と、絶対に変えてはいけない行動の、二種類の大原則が存在するの」
詳しく。
「例えば、時間旅行者が絶滅危惧種の動物を捕獲するのは許されないけど、フードショップでハンバーガーやポテトを食べるのは、同じ生命を奪う行為でも、後者は何も問題が起こらないのよ。これは何度も実験しているから、すでに証明されていること」
解説する。
「これは揺らぎというか、余裕幅というか、生命の誕生と死滅が人智を超えているから、地球そのものが、ある程度は補正してくれるようになっているのね」
さらに解りやすく。
「未来人は、少しくらいの行動で未来が変わるほど甘くないことを知っている。いつの時代であっても、やっぱり勉強は続けないとダメだって、むしろ理解が進んだくらいなんだ」
現代が混沌としているのは、未来人の手が加えられていない証左でもあるわけだ。
「どの時代にも過去を悔やむ人がいて、『あの時、違う道を選んでいたら』って考えがちなんだけど、交差点で右に曲がった道を左の道に変えたところで、未来なんて変わらないの。もしも変えたとしても、結局は何も変わらなかったと納得するだけなのよね」
それが未来では実証されているわけだ。
「だから未来人も努力を怠らない。人智の及ばぬ存在を、より鮮明に理解できているから。だから、わたしもこうして……、って、わたしの話はどうでもいいか」
話を戻す。
「それよりレイカさんのことよね。時間旅行者が食事をするくらいの些細なバグなら地球が勝手に修正してくれる。これは自然治癒力みたいなものね。だけど――」
ユメミコの目に眼力が宿る。
「手術が必要な大きなバグは、わたしたち時間修復師が根治させないといけないのよ。まっ、もっとも、わたしたちの存在ですら地球という生命活動の一部に過ぎないのだけれど」
そこで笑顔を見せる。
「でも、安心して。わたしが何とかするから」
そこで吾輩は素朴な疑問をぶつけてみることにした。
「吾輩のせいで大きなバグが発生したなら、吾輩が近藤家にもらわれた一年前に戻ってやり直せばいいんじゃないのか?」
ユメミコは長文の尻尾文字も理解できたようである。その証拠に、すぐさま否定したからだ。
「違う。それは時間旅行者の修正する必要のない過去を変えることになるから。言ったでしょう? 未来に影響を与えない行動まで手を加えることはないのよ」
つまり未来では、時間旅行すら地球の生命活動の範囲内における行動として認められているということだ。
「それに、まだ手術をするタイミングじゃないしね。レイカさんの問題は、いわば病気を発見した段階なの。だから『よく見つけたな』って本部の人から褒められたくらいなんだもん」
それは吾輩のおかげでもある。
「本部に報告して、AIを中心としたカンファレンス(合同協議)を行い、そこで手術が必要かどうか、判定が下されるのよ。今回の場合はリセットじゃなく、時間修復師の仕事の範囲内であると判断されたわけね」
そこでユメミコが吾輩を見る。
「それにはトラちゃんの協力が必要。じゃないと、わたしは……、いや、なんでもない」
まだユメミコは吾輩に隠していることがありそうだが、尻尾を振って尋ねても無視されたので、これ以上のことを知ることはできなかった。
問題は、アホのタカカズと憧れのレイカちゃんの仲を取り持つことなど不可能であるということだ。