14 未来から来た猫
ユメミコによると、吾輩は未来からやって来たらしい。記憶がないので、その話が本当かどうか分からないけれど。
ユメミコがドアを開けて、廊下の様子を窺う。
「まだ大丈夫ね」
静かにドアを閉めて、振り返る。それから制服の内ポケットから手帳を取り出して、吾輩に見せるのだった。
「わたしは時間修復師」
そう言われても、意味が理解できなかった。
「本当に何も憶えていないのね」
ユメミコが早口になる。
「あなたは時間旅行者に飼われていたんだけど、タイムマシンへのペットの持ち込みは禁止されているのに、子供のわがままに付き合って、一緒に時間旅行をさせられたの」
記憶になかった。
「そこまでならよくある話なんだけど、飼い主が目を離した隙に、あなたが逃亡して、それで完全に見失って、それで捜すことになったのよ」
まるで逃亡犯扱いだ。
「不法旅行者なら簡単に見つけられるどころか、事件を未然に防ぐことができるんだけど、どういうわけか、あなただけは捕まえることができなかったのよね」
知能犯として取り調べを受けている気分になる。
「記憶を失くしたみたいだから説明するけど、時間旅行中に問題が起こった場合、タイムマシンの利用そのものを止めさせればいいわけよ。なぜなら未来では『親殺しのパラドックス』は起こらないって証明されてるから」
タイムマシンで過去に行って親を殺したら、殺人犯である自分も存在しないことになるから、時間旅行ができなくなり、よって殺すこともできなくなるという、矛盾した論理のことである。
「タイムマシンが発明される前は、理論上は開発するのは不可能だと結論付けられていたけど、いざ発明されると、様々な問題が論理の跳躍で解消されたのよ。理論上は不可能である、後発のアキレスが先行する亀を飛び越えてしまうみたいにね」
ユメミコが話を戻す。
「タイムマシンが一台しかなければ大問題でしょうけど、実際は歴史を維持するために何十台も同時に稼働しているから、過去を変えることは不可能なのよね、あなた以外は」
その例外が、吾輩らしい。
「時間旅行中に問題が発生した瞬間、出発日に連絡が入り、そこで注意するか、旅行自体を中止させるんだけど、あなたの場合、どこを探しても見つからなかったのよね」
さすが、吾輩である。
「この場合、旅行自体を止めさせれば、過去の世界で迷子になることはないんだけど、今後も起こり得るトラブルでもあるから、改善点を見つけるために、そのまま旅行させることにしたのよ」
まだ吾輩が悪いと決まったわけじゃないのに、まるでトラブル・メーカーであるかのような言い草だ。
「でも、探し出すのが意外と大変だった。あなたのことは立体映像で確認していたし、人間の言葉を理解できるから、必ずどこかでトラブルを起こすと思った。だけど、しばらく様子を見ても何も起きず、この世界に馴染んじゃうんだもん」
記憶を失くしたからだろう。
「SNSが普及し始めた時代だから、それを手掛かりに探したんだけど、見つからなくて。それから一年くらい経って、ようやくユーチューブで発見したの」
タカカズのおかげか?
「まぁ、見つからなかった場合、捜索を打ち切って、迷子になる前のあなたを保護すればいいだけだから、困ることは何もないんだけど、それだとこれまでの労力が無駄に終わるところだったから、本当に良かった」
そこで部屋の外から、モコが階段を上がってくる音が聞こえてきた。
「続きは、また明日にしましょう」
明日、未来に帰るということだろうか?




