12 ユメミコ
目を覚ますと、自室の寝床に寝かされていることが分かった。どうやらアズキにモフられている最中に寝落ちしてしまったようである。
起き上がり、伸びをする。
とても気持ちがいい。
全身マッサージを受けると、特にモコにモフられた後は、ぶり返しによって筋肉に痛みを感じることがあるが、それが一切なかった。
それだけでもアズキが一流のモフ師であることを証明している。間違いなく天才少女だ。
「トラちゃん」
ビックリした。
部屋に誰もいないと思ったからだ。
誰かと思ったら「ユメミコちゃん」と呼ばれている、モコの同級生の女の子だった。
「あなた、本当にトラちゃんなの?」
いきなり訳の分からない質問をしてくるのだった。
なぜか言葉が通じる前提である。
これは危ない。
あぶない女だ。
しかし逃げようにもドアを締め切った上、その前に立ち塞がっているので、逃げ場がなかった。
これだから、この部屋は嫌になるのだ。
「トラちゃん、返事をして」
怖い。
ガクブル。
初めて使ってみたが、まさにソレであった。
「トラちゃんじゃないよね?」
さっきから何を言っているのだろう?
そこでユメミコが来ているパーカーと目が合った。
正確に言うと、パーカーのお腹に描かれた猫。
よく見ると、吾輩にそっくりである。
アニメ絵だが、吾輩と同じ茶虎猫だ。
「とりあえず返事をして」
ユメミコは、吾輩のファンだと聞いている。しかもパーカーに描かれている絵のモデルが吾輩だとしたら、ただのファンではなく、熱狂的なファンである。
でも、そんなことがあるだろうか?
チャンネルを開設したばかりで、アップされた動画十本のグッドボタン数が七十四、健闘はしているが、人気動画とは言えない状況だ。
クラスメイトが飼っている猫という補正があったとしても、そこまで熱狂的になるはずがない。
そのファンという言葉も、自己肯定感を高めるために使っているだけで、吾輩が不人気ユーチューバーであることは自覚している。
我々ユーチューバーは常に、数字という現実を直視させられているから、誰よりも自分を客観視できるのである。
「あなた、人間の言葉が理解できるよね?」
!
?
猫に話し掛ける人間は数え切れないほど存在する。しかし、その言葉を猫が理解できると考える者は稀である。
いや、名前は理解できるし、そこは人間も解っている。だが、猫が複雑な会話まで理解できると思う人間はいない。
ところが、ユメミコの目はガチなのだ。
「わたしの言ってること、分からない?」
怖すぎる。
反応するのは待った方がいい。
思い込んでるに決まってる。
妄想少女だ。
「違うのかな?」
いや、正しい。
だから怖いのだ。
いや、ちょっと待て。
吾輩が人間の言葉を理解できるのは事実なので、ユメミコは間違っていない。
しかし猫の気持ちを理解する能力を、日々のトレーニングで体得したアズキとは質が違う。
ママさんの靴下を失くした犯人を、勘だけで吾輩だと見抜いたモコとも明らかに質が違うのだ。
「トラちゃん、一緒に帰るよ」
うああああああっ
助けてくれ!
その時だった。
「ユメミコちゃん?」
タカカズであった。
「モコが探してたよ」
「あっ、すいません」
タカカズに対しては狂気を隠すのだった。
「帰る前に、もう一度トラちゃんを見たくなって」
「それなら、いつでも遊びにおいでよ」
「ありがとうございます」
「その代わり、グッドボタンお願いね」
「はい」
連れ去られることなく、大人しく帰ってくれたが、窮地から救ってくれたのは、間違いなくタカカズのおかげであった。
そういえばタカカズにも異質な能力が備わっていることを思い出した。それは吾輩の思いを感じ取る力だ。
吾輩の願い通りの行動をしてくれるという、アホなタカカズらしい、特別な能力のことである。
そのことを忘れていた。




