11 モコの友達
休日の昼下がり、モコが吾輩の自室にノックもせずに入ってきた。しかも客人を引き連れて。その二人の客も吾輩の許可を取らずに招き入れるのだった。
人間は自分の空間には敏感なのに、吾輩のテリトリーを平気で犯してくるので参ってしまう。
吾輩のことをちゃんと名前で呼んで、尊重してくれるのはママさんだけだ。あとは失礼な人たちしかいない。。
本来ならば威嚇して、ビビらせて、恐怖のどん底に突き落としてやるところだが、客の二人が吾輩の熱心なファンということで許すことにした。
一人は小豆色のトレーナーを着たメガネの女の子。モコが「アズキちゃん」と呼んでいた。
部屋に入ってきた瞬間、家で猫を多頭飼いしている子だと分かった。そういうのは匂いで分かるのである。
また、アズキが飼育係として一流の腕を持っていることも一瞬で見抜くことができた。
部屋に入るなり、いきなり吾輩の指定席でもあるソファに腰を下ろす不躾なモコと違って、吾輩に対して適切な距離を取っているからである。
さらに、吾輩が警戒していることも理解しているのだ。モコと違って無理に近づこうとせず、床にペタンと座り込み、ひたすら待ちの姿勢に徹するのである。
これをモコと同じ中一で体得しているのだから末恐ろしくなる。
アズキの他にも客がいるが、その子も吾輩に対して適切な距離を取っていたので睨みを利かせる必要がなかった。
モコから「ユメミコちゃん」と呼ばれる女の子は、中一にしては背が高く、一人だけ大人に見えた。
それだけに、猫の絵柄が入ったパーカーを着ているのだが、それが無理して幼く見せているように感じられるのだった。
アズキほどの手練れではないが、ユメミコも猫を怖がらせる行動はしないので、理解はあると見た。
というか、モコが気まますぎるのかもしれない。気分屋の女は、猫の吾輩でもお手上げである。
ユメミコは窓辺に立ち、吾輩とアズキの駆け引きを観察するという、一歩引いた距離の取り方をするのだった。
吾輩としても悩みどころであった。
二人ともチャンネル登録者であることは確かなので、ファンサービスしても良いのだが、初対面のヒトに馴れ馴れしくするのは、吾輩の性分に合わないわけで、どうすればいいのか。
哲学する猫を自認する吾輩にとって、対立を招く犬猫論争自体に反対する立場であるが、こと、ヒト付き合いに関しては、犬の方が上であると認めざるを得ない。
猫は尻尾を振らぬからだ。
床をぺチペチと叩いて不満を訴えることはあっても、喜びを表現することはないのである。
いや、個体によっては尻尾を立てて喜びを表現する猫もいるそうだ。だが、吾輩はそういうことを一切したことがない。
「アズキちゃんに興味があるみたい」
モコの言葉だが、間違いじゃなかった。
「わたしが猫を飼ってるって分かるんだと思う」
吾輩が見抜いたことを、見抜かれてしまった。
恐るべし。
アズキが続ける。
「でね、わたしたちが自分のことを話していることも、ちゃんと理解してるんだよ」
全部、見抜かれている。
アホのタカカズとは、モノが違う。
アズキが吾輩の部屋を見回す。
「この部屋だけど、あまり気に入ってないんじゃない?」
思わず、「うん」と返事をしそうになった。
「なんで分かるの?」
吾輩の代わりにモコが答えた。
「高い所もなければ、狭い場所もないから。ここはサッパリしすぎて落ち着かないと思う」
アズキの言葉に涙が出そうになった。
モコが頷く。
「そうそう、部屋にいても窓の、窓台? そこの台に乗っかって、ずっと外の景色を見てるの。本当に動かないから、近所の人から置物と間違われたことがあるんだ」
近所の噂になってるとは思わなかった。
「それは多分ね、家の中でも特に可愛がってくれる人が外出した時に、寂しく感じて、それで帰ってくるのを待つために外を見張ってるんだよ」
アズキの言う通り、外を見張るのはママさんが外出した時だけだ。
「それは違うかな」
アズキは正しいのに、なぜかモコが否定した。
「だって、わたしが家にいても、窓の外ばっかり見てるんだもん」
「それは……」
アズキが言いにくそうにする。
「それは?」
「モコちゃんが好かれてないだけかと」
「そうなの?」
「たぶん」
驚いたことに、モコは吾輩に好かれていると思っていたわけだ。
そのポジティブ思考は、凶器に等しい。
そこでモコが思い出す。
「そういえば、わたしが触ると逃げるんだよね」
よく、それで好かれてると思えたものだ。
「あと、呼んでも来ないの」
アズキが苦笑する。
「犬とは違うからね」
「でも、人気動画の猫は人懐っこいよ?」
まるで吾輩に問題があるような言い方。
そういうところなのだ。
「触ろうとして逃げるのは、くすぐったいとか痛いとか、過去に嫌な経験をしたからで、呼んでも来ないのは、それも嫌な経験としての記憶が残っているからだと思う」
アズキの言う通り、モコは自分が気持ちよくなりたい触り方で、ママさんは吾輩を気持ちよくしてくれる触り方なのだ。そして、タカカズは単純に下手なのである。
そこでアズキが胡坐をかいた。
実に寝心地が良さそうな窪みである。
それに暖かそう。
アズキの誘惑に耐えられそうになかった。
「スゴイ! 人見知りなのに自分から寄ってる」
吾輩自身、新しい自分との出会いでもあった。
「ト、トラが――」
アズキにモフられた瞬間、全身に稲妻が走った。
「ちょっと、お兄ちゃん! カメラを持って早く来て!」
モコが興奮している。
遠くからタカカズの声。
「なんだよ?」
「トラが昇天してる!」
天国なんか、信じちゃいなかった。
アズキと出会うまでは。
でも、信じるしかない。
この世には、アズキという天使がいるのだから。
「うおおお、本当だ! トラがイッちゃってるよ」
そう言って、タカカズがカメラを回し続けるのだった。
こうして吾輩のあられもない姿が世界配信されるわけである。




