ハルの部屋
圭君視点です。
「さてと、このマンションでよかったんだよな? 着いたぞ、ここでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
「帰りがいつの何時かは知らねぇが、俺もそこまで暇じゃねぇからな。帰りは気をつけて帰れよ」
「ありがとうございました」
ハルさんの家だというマンションの下で降ろしてもらい、熊谷さんと別れた。
「では圭君、少し入り口で待っていて下さい」
「ハルさんは?」
「いつもベランダから移動するので、玄関が空いていないんですよ。それに鍵も持っていなくて……」
「あぁ、なるほど……」
「では、行ってきます」
ハルさんは猫の姿のままで、マンションの裏の方へと走って行った。
おそらく鳥とかになって、ベランダから入るんだろう。
空き部屋だと思われてるとか言っていたし、玄関から出入りする訳にもいかないのかもしれない。
少し待っていると、
「お待たせしましたー」
と、ハルさんがマンションの入り口から出てきた。
もう時間も遅いので、誰も見ていないようだけど、きっと人に見られるのはよくないはずだ。
僕は少し駆け足でハルさんの方へと近づいた。
「人に見られたら困りますよね?」
「あとで記憶を消せば大丈夫ですよ」
「ハルさんの負担になるんじゃ……」
「まぁそうですけど、見られた位の記憶は簡単に消せますから、ご心配には及びません」
「そうですか?」
今のハルさんの言い方……
僕の記憶は簡単には消せなかったって事かな?
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
ハルさんに続いてマンションに入り、エレベーターに乗る。
30階で降りて、ハルさんの家のドアの前まで来た。
今更かもしれないけど、少し緊張する。
「どうぞ」
「お、お邪魔します……」
ハルさん家は、やっぱり高いマンションだけあって、かなり広かった。
それなのに家具があまり置かれていないので、本当にただの広い部屋って感じだ。
少し寂しい気もする……
「何もなくて、殺風景な部屋ですけど……」
「あまり物は置かないんですね」
「ほとんど寝に帰って来ているだけですからね」
寝に帰って来ているだけなら、こんなに広い家に住まなくても……
いや、身分証明とかの関係で、安すぎる物件とかには住みにくいのかもしれない。
「ん? おぉ、これは……凄い絵ですね」
ふと壁を見ると大きな絵が飾ってあった。
大きな桜の木と、美しい湖が描かれた作品だ。
「あぁ、それは私の宝物なんですよ」
「宝物?」
「昔いただいたものなんですけどね、この絵を見ていると勇気が貰えるような気がして……だからいつもこの絵を見てから出かけるようにしているんです」
「そうなんですね。本当に美しい絵ですね」
「はい、ありがとうございます!」
ハルさんはとても嬉しそうに笑ってくれた。
何もない部屋で唯一飾っているし、本当にとても大切な物なんだろう。
絵の下の方にサインが書いてあるな……
達筆な筆記体で書かれていて、大文字の"D"と"A"しか読めないけど、ハルさんはこの作家さんが好きなんだろうか?
「あ、ありました!」
「え? 何がですか?」
僕が絵を見ていると、ハルさんが何かを見つけたみたいだ。
自分の部屋で探し物とか少しハルさんらしくなくて、何を探していたのかが気になった。
「連絡用の携帯です。刑事さん達に通報するのに使ってから急いで部屋を飛び出したので、ちゃんとしまわなかったんですよ」
ハルさんは少し恥ずかしそうに笑いながら、話してくれている。
でもそれって多分、僕を助けに来てくれた時の話だよな?
そんなに慌てる位に僕の事を心配してくれてたのかと思うと、とても嬉しく感じた。
「さてと、では連絡しておきますね」
「何て連絡するんですか?」
「え? えーっと、力を使い過ぎて、これから倒れる予定ですが、私は大丈夫です。何日か連絡が出来なくなると思いますが、心配はしないで下さい。それと、おそらく大丈夫だとは思いますが、この世界の事も一応気にかけてもらえると助かります。っと」
ハルさんは送る内容を気にしている僕の為にか、連絡する内容を読み上げながら送ってくれた。
でもさっきの内容で、大丈夫なんだろうか?
何か倒れる予定だとか、連絡しないけど心配しなくていいとか、そんな連絡もらったって、余計に心配してしまいそうだけど……
「それじゃあ圭君。記憶をお返ししますね」
「はい、お願いします」
「眠くなったらすぐにこの布団でもベッドでも、好きに使って下さいね」
「はい」
「起きて私が倒れていても、特に気にしないで下さいね」
「それは気にしますが……」
「えっと……ありがとうございます。あの、この家の物は何でも好きに使ってもらって大丈夫ですから、自由に過ごして下さいね。特にはなにもありませんが……」
「そんなに心配しなくても、僕は大丈夫ですよ」
「そうですか? じゃあ、お返しします」
ハルさんもかなり緊張しているようで、倒れてからの事を色々と心配してくれた。
この動揺の仕方から察するに、きっとハルさんもこういう経験ははじめてなんだろうな。
「では圭君、失礼しますね」
「はい」
ハルさんの手に光の粒子が集まっていき、それを僕の方へと近づけてくれた。
あの、記憶を消された時と少し似ている……
その光は一度強く光って消えていった……けど、
「あの、ハルさん?」
特に眠くもなっていない。
ハルさんも不思議そうな顔をしている。
「んー? 今ので返せたはずなんですけど?」
「そうなんですか? 特に何か変わったようには思わなかったんですが……」
「私も全然倒れてないですし、おかしいですね……」
ハルさんは記憶を返してくれたとは言うけど、特に何かが変わったようには感じない。
僕はちゃんとハルさんの事について、全部を思い出せたんだろうか?
僕がそんな事を悩んでいると、目の前の景色が歪んだように見えた……
すぐに眠くなるもんだと思っていたけど、後からくる感じだったのか?
いやでも、これは僕の目がおかしくなったんじゃなくて、本当に景色が歪んでいるみたいだな……
歪んだ景色を見ながら悩んでいると、
「ちょっとハル姉さん! 変な連絡寄越さないで下さいよ! ビックリしたじゃないですか!」
と、歪んだ景色から、急に女の人が現れた。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




