屁理屈
圭君視点です。
「そういえば、さっきの二度と僕に関わるなとかっていうのは何だったんですか?」
自分だけが置いてけぼりな感じになっている事を気にして、嫉妬してる位なら、聞いた方がいい。
そう思って、さっきのハルさん達の会話で気になった事を聞いてみた。
「それはその……圭君の記憶も変えたので、分かるかと思いますが、事実と異なる事がありますよね?」
「あぁ、はい。えっと、僕は怪我をした黒猫は拾っているけど、その猫が人になる事は知らない……通報用に携帯も貸していなくて、刑事さんも訪ねてきていない。だからあの日も、全く何にも巻き込まれていない事になってますよね?」
それがハルさんが変えた僕の記憶だ。
この記憶では、ハルさんとも刑事さんとも、僕は会っていない事になっている。
「そうです。そして石黒さんの記憶では、圭君が怪我をした猫を拾ったという情報を手にいれて、圭君を怪しんでいたことになっています。圭君と石黒さんとは、特に接点はありません。それなのに、圭君を見張るという怪しい行動をしていて、善勝さんに気付かれてしまったという感じですね。つまり圭君と善勝さんは、知り合いでも何でもないんですよ」
「なるほど……」
最初に僕の家に訪ねて来てもなく、一緒に捕まった訳でもない熊谷さんが、僕と関わるのはおかしい。
だからハルさんは、熊谷さんに僕と関わらないように言ったのか。
「善勝さん以外の刑事さん達の記憶も変えていますし、正しい記憶を持っている善勝さんが圭君と関わるというのは、私にはあまり都合がよくなかったんですよ」
「他の刑事さん達に、"なんで熊谷さんは一般人を気にしているのか?"って思われるからですか?」
「そんな感じですね。それなのに遠くから見てたとか、圭君が気付いていないから関わっていないのと一緒だなどと、言い訳ばかりして……約束破りも甚だしいです」
「いや実際、約束は破ってねぇだろうよ」
「いえ、破っています」
「守ってたぞ」
「破ってます!」
少し怒りながら話すハルさんに、熊谷さんが反論している。
確かにハルさんに記憶を消されてから、僕は熊谷さんに会っていない。
遠くから見られていたというのは少し気になるけど、実際に僕は気づかなかったんだから、関わっていないと言えると思う。
「あの、そんなに怒らないであげて下さい。確かに僕は熊谷さんと会ってませんし、特に影響も受けていないので、熊谷さんはちゃんと約束は守っていたと思いますよ?」
とりあえずハルさんと熊谷さんの言い合いを止めようとしたら、
「圭君は善勝さんの味方なんですね……」
と、ハルさんにとても残念そうに言われた。
「いえ! 僕はただ、関わらないという約束だったのなら、確かに関わってはいないかと……」
「そういうのは屁理屈っていうんですよ」
「そ、それはそうかもしれませんが……でも僕はハルさんの味方でいたいと思っていますからね!」
「えっ、あ……ありがとうございます」
少し拗ねていたようなハルさんは、今度は照れている。
「そうだぞ。俺も圭もお前の味方だ。ついでにいうと、賭けも俺の勝ちだ。だからなんかくれ」
「そんな賭けをした覚えはありません。いい大人が、何を言ってるんですか」
照れた可愛いハルさんを撫でていたら、熊谷さんはまた僕に分からない話を始めた。
どうもハルさんと何か"賭け"をしていたみたいだ。
「あの、賭けってなんの事ですか?」
「俺は圭がハルの事を思い出す方に賭けてた。で、圭はちゃんと思い出しただろ? だから俺の勝ちだ」
「そういう事でしたか……あの、ありがとうございます」
勝手に賭けに使われていたとか、そんな事よりも嬉しさが込み上げてきた。
熊谷さんはさっき、猫を抱いて家に入る僕を見て、解決すると思って待っていたと言っていた。
僕の家の真ん前であんなに堂々と待っていたりしたら、確実に僕と関わる事になるだろう。
だから僕がもし思い出さなかったら、ハルさんとの明らかな約束破りになってしまっていたという事だ。
つまり、熊谷さんは本当に、僕がハルさんを思い出すと信じてくれていたんだ。
「圭君、こんな人にお礼なんて要りませんよ」
「でも僕が思い出す事を信じていてくれたのは、本当に嬉しいですから」
「それは……そうかもしれませんね。はぁ、分かりましたよ。何が欲しいんですか?」
「お、何かくれる気になったのか?」
「まぁ、私に可能な限りのものならば」
ハルさんが熊谷さんに、賭けの景品として何かを渡す流れになっている。
でも信じてもらっていて嬉しいのは僕だし、ここは僕が何かを渡すべきだろう。
「あの、その賭けの景品は、是非僕に準備させて下さい。信じて下さったお礼も込めて、何かをお渡ししたいので」
「そうか! そうだなぁ……なら、圭の電話番号でもくれるか?」
「え?」
「まだもらってなかったからな」
熊谷さんは笑いながら自分の携帯を僕に渡してきた。
「登録しといてくれ」
「はい、ありがとうございます」
電話番号を教えてもらえるのは、僕にとってもありがたい。
結局は熊谷さんは冗談を言ってるだけで、何かをもらうつもりなんてないんだな。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




