齟齬
善勝さん視点です。
やっと会うことのできた匿名電話の女、ハル。
動物になれるわ、変なイリュージョンをするわ、記憶が消せるわで、俺が思っていた以上に、とんでもねぇ女だった。
ハルに俺が信用してもらわない限り、俺も記憶が消されちまう。
そうなったらまた全てが振り出しだ。
どうにか信用してもらわないと……
警察だから信用しろってのは、無理がある。
石黒の事もあるからな。
俺がハルに助けてもらってるから、お礼をしたいってのも無理だろうな……
互いに信用するってぇのは、長い付き合いがあってこそだ。
こんな、今すぐに信用してもらわないといけない状況は、どうしようもない。
「姉ちゃんは俺が何をしたら信用してくれるんだ?」
「……それを私に聞きますか?」
「俺が何を言っても、信用できねぇ事は変わらねぇだろ? だったら姉ちゃんのいう何かを俺が出来たら信用してくれるとかの方がいいじゃねぇか」
「なるほど……」
ハルは俺を真っ直ぐに見つめて考えている。
そんな俺を見つめる暇があるなら、兄ちゃんを見てやれよ……とかも思ったが、流石に言わなかった。
普通に会話は出来るし、無理矢理に自分の意見を強硬して来ることもない。
さっきの兄ちゃんとの会話を聞いてた時に思ったような、人の話を欠片も聞かねぇような奴ではないようだ。
今話している感じだと、相手の意見もちゃんと尊重してくれる、いい上司のようにさえ感じた。
まぁ、見た目的には上司ってぇより、娘なんだが……
「では、私はこれから他の刑事さんや、あの石黒という方達の記憶も消して、辻褄を合わせます。それをあなたも手伝って下さい。その様子次第で信用するかは決めます」
少し悩んでから、ハルはそう言ってきた。
刑事や石黒の記憶を消すか……
正直、俺としては協力したくねぇ話だが、俺が協力しようがしまいが、ハルがそれを実行する事は変わらない。
だったら協力して、信用してもらうしかねぇな。
「分かった、協力させてくれ。だが、どういう風に辻褄を合わせるんだ?」
記憶を消して事実をねじ曲げるというのなら、絶対に齟齬が生じる事になる。
さすがに全く何もなかった事にするのは無理だし、起きてもいない事件が起こった事にされるのは、流石に認められない。
「圭君の事は全部忘れてもらって、今回の拉致監禁の件は、あなたが石黒さんの不振な行動に気がついてしまったから、という事にしようと思ってます」
「なるほどな……」
確かにそれなら兄ちゃんを捕まえた事実はなくなるが、石黒達が俺を捕まえた事実は変わらない。
「だが、兄ちゃん家をずっと張り込んでた理由はどうする? 俺ら警察は大分前だし、そんな事実自体をなかった事にできるかもしれねぇが、石黒達はずっと張り込んでたはずだろ?」
「それは普通に、怪我をした猫を拾ったという圭君を怪しんでいたという事にします。私が通報した携帯の持ち主だという事は忘れてもらうので、怪我をした猫を拾ったというだけで怪しんでいた、名前も知らない青年だって思ってもらいます」
「その知らない青年を見張ってるという怪しい行動が俺にバレて、俺を監禁したと?」
「そんな感じです。多少の違和感は気のせいだと思うようにしてますから」
すげぇな……
そんな事ができるなら、本当に今まで消されていたことがあったとしても、気付けねぇだろうな。
「で、俺は何をすりゃいいんだ?」
「そうですねぇ……私の移動をお願い出来ますか?」
「姉ちゃんの移動?」
「はい。沢山の方の記憶消したりすると、力の使い過ぎで私は多分倒れます。なので、倒れた後に移動して頂けると助かります」
「俺は姉ちゃんが倒れた後に、家に運べばいいのか?」
「家といいますか、あそこの神社に運んでもらえれば助かります」
「神社に住んでんのか?」
「いえ、私があそこに住んでいる訳ではありませんが、あそこの神様とは知り合いなので」
神様と知り合い?
またとんでもねぇ事を言い出したな……
「分かった。それで俺を信用してくれんだな?」
「一応は信用します。私も1人分とはいえ、記憶を消さなくてすむのは助かりますし、匿名の電話をしてたせいで、刑事さん達に余計な捜査をさせてしまっていたのは、心苦しかったので……」
「なら、決まりだな。俺は熊谷善勝だ。熊さんって呼ばれるのが多いな」
「よろしくお願いします。善勝さん」
熊さんとは呼ばねぇのな……
しかも熊谷さんでもなく、善勝さんとは……
「……おう。姉ちゃんはハルだったか?」
「はい」
ハルと呼んでも特に気にしている様子はない。
名前を呼ぶとか、気にしないのだろうか?
兄ちゃんが俺がハルって呼んでる事や、善勝さんなんて名前で呼ばれてる事を知ったら、あまりいい気分はしないんじゃないか?
でもまぁ、他に呼び方もないしな……
「じゃ、これが俺の連絡先だ。今後はこれを使え」
「分かりました。あ、あと1つ約束して下さい」
「なんだ?」
ハルは一度兄ちゃんの方を見てから、
「今後、二度と圭君と関わらないで下さい。もう圭君は警察と、無関係になるんですから」
と、言ってきた。
改まって何を言うかと思えば……
「それは約束できねぇな」
「何故ですか?」
「兄ちゃんが記憶を思い出したら、ハルが俺に連絡をする以上、兄ちゃんと関わらないでおくのは無理だ」
兄ちゃんにもちゃんと説明しないといけねぇからな。
そんな約束は出来ない。
「……思い出しませんよ」
「そんなの分かんねぇだろ。俺は思い出す方にかけるさ」
「……」
「だからその約束は、兄ちゃんが思い出したら解消するぞ」
「……」
ハルは何も言わない……
俺からも兄ちゃんからも目を背けている。
本当は思い出してほしいだろうに……
「まぁ、兄ちゃんが思い出さねぇ間は関わらねぇさ」
「……そうしてください」
「じゃ、いくか」
「はい」
これでもう、ハルに記憶を消される事はなくなった。
ハルと2人で、兄ちゃんの部屋から出たところで、
ガチャ
という音がした。
「は? なんだ?」
「内側の鍵のつまみの片方に重力をかけました。これで玄関も閉まりました。鍵が開きっ放しというのは、圭君もおかしいと思ってしまいますからね」
「そうか」
そういうところも抜かりないんだな。
一体どれだけの力とやらを使えるのか……
それにしても、こんな事ができるとは……
こりゃあ、探偵もビックリの完全犯罪だな。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




