身分証明
圭君視点です。
「えっと、どこまで話しましたっけ?」
顔を真っ赤にして照れていたハルさんは、僕の恥ずかしい発言で逸れてしまっていた話を戻してくれた。
ハルさんの仕事の話をしないと。
「ハルさんが浄化の力で、世界の穢れや僕の洗濯物の汚れを綺麗にしてくれてるって話でしたよ」
「そうでしたね……」
「あと、歪みの正常化っていうのもしてるんですよね? それはどんな仕事ですか?」
「それは歪みの所へ行って、ちょっと力を使って正す仕事です。前に私が急に仕事になった時の事を覚えていますか?」
「はい、あの時のがそれですか?」
「そうです」
僕がずっと気になっていた、あのお供えの時の事だ。
あれが歪みを正しに行っていたのか。
歪みって、そんな急になるものなんだな……
「どうなったら起こる現象なんですか?」
「世界というのは沢山あるんですが、その世界同士というのは本来、互いには干渉しないものなんです。でもたまに、お互いの影響を受けてしまって……それで発生する現象が、歪みですね」
「歪みを放っておくと、どうなるんですか?」
「大きい歪みだと人とかも通れてしまうので、別世界の方が来てしまったりしますね。いい人だと来てしまっても解決は早いんですけどね」
そんなフィクションの世界の話がリアルにあるんだ……
ハルさんはそれを防いでいるのか……
「私の仕事の話はこのくらいですかね。他に何か気になった事はありますか?」
「会社でしてる別の仕事というのは?」
「う~ん……えっと……」
聞かない方がいい質問だったのか、ハルさんはかなり悩んでいる。
「2つあるんですよ……1つは力を送るだけの仕事なのですが、もう1つはちょっと……ごめんなさい。企業秘密といいますか……」
「あ、言えないことなんですね」
「すみません……」
「いえ、話せる範囲で大丈夫ですから。危険な事ではないんですよね?」
「はい、それは大丈夫です」
危なくはないみたいなので安心した。
力を送るだけの仕事か……
前に土地神様に聞いた時、ハルさんのバランスを保つ仕事は力を送るだけだと仰っていた。
確か何処からでも、動かなくても出来る仕事だったはず。
だから会社の世界へあまり行っていないんだろうか?
そうなるとやっぱり、もう1つの仕事というのも気になってくる……
でも言えない事も多いだろうし、教えてもらえないのも仕方ない。
ハルさんは世界とか、そういう凄い仕事をしてるんだから。
ハルさんの事は何でも知りたいけど、ハルさんを困らせたい訳じゃないので、無理には聞けないな……
そういえば土地神様は、ハルさんは仕事を掛け持ちしていて、副業でパトロールもしてると仰っていた。
最初に会った時ハルさんが怪我をしていたのは、どう考えてもこの副業が原因だ。
だからこれはちゃんと聞いておかないと……
「前に御神木の土地神様が、ハルさんは副業で町のパトロールをしてくれてると仰ってましたが、それはいつも鳥になって家から出ていくあれですよね?」
「そうですね。日の出てるうちは上空から見て、夜には猫の姿で町中をみて回ってるんです。それでおかしな人がいたら警察に通報をするというかんじです」
という事は、ハルさんは僕の家に来てくれている時以外、仕事をしっ放しじゃないか!
会社の世界で2つも仕事をしている上に、この世界の浄化とかまでしていて、それで更にパトロールまでなんて……働き過ぎだ。
「でもあれは、余った時間の有効活用をしているだけです。特にこの町は犯罪が多いことで有名でしたからね。少しでも減らせれるといいなぁと思いまして……」
「じゃあ、ハルさんが絶対にやらないといけない仕事というわけではないんですね」
「そうですね」
だったらその副業はやめて欲しいんだけどな……
ハルさんは働き過ぎだし、何よりパトロールは危ない。
また怪我をするかもしれないんだから……
「そんな余った時間を全部仕事に使わなくても、ゆっくり休憩する時間にしてもいいんじゃないですか?」
「私、結構ゆっくり休憩してますよ? ただでさえ暇な時間が沢山ありますからね」
「暇な時間ですか?」
「そもそも私以外の皆は、自分の世界で普通の人達と紛れて、普通の人と同じように仕事をしたりして暮らしているんですよ。でも私にはそういう事は出来ません。だから私には、暇な時間が沢山あるんですよ」
「何でハルさんには出来ないんですか?」
「この世界は、何をするにも身分証明が大切ですからね。私のような存在が働くのは難しいんですよ」
そうか……ハルさんには戸籍がないのか……
だから働く事も出来ないんだ……
多分他の世界は、そんなに身分証明も必要ない世界が多いんだろう。
ハルさんがこの世界で働く事が出来ていたら、パトロールなんて危ない事もやめさせれたのにな……
この世界が身分証明に厳しいせいで……
それはそれで安全の為に大切な事ではあるんだけど、ハルさんにはきっと生活しづらいよな……
いや、しづらいどころじゃないか。
寧ろ今までどうやって生活してきたんだろう?
「それだとハルさん普段の生活はどうしてるんですか? 住む家とか、お金とかは?」
「私は会社の世界の方で働いてお金を貰っていますから、この世界では働いていません。会社の世界には換金所がありまして、会社の世界でのお金を、各世界のお金と換金できるんですよ」
「それは凄いですね。でもハルさん、住む家は?」
「私の家は、あのマンションです」
ハルさんはベランダから見える、結構高いマンションを指差しながらそう言った。
良かった……
もしかしたらハルさんは、今までずっと野宿してたとかかもしれないと心配したけど、ちゃんと家はあるみたいだ。
でも身分が証明出来ないなら、何処にも住めないはずだけど……?
「あのマンションに住むのに、契約とかは大丈夫だったんですか?」
「私は手続きとかはしてないんですよ。ですからあそこの管理人さんは、私が住んでいるとは思っていません。空き部屋だと思っています」
「それじゃあ新しい人が入居してしまいませんか?」
「それは大丈夫です。空き部屋だと思ってますが、新しい人を案内はしません。それを不思議に思わないように、管理人さんの記憶は少し変えさせてもらいましたから」
「それは……ハルさんの記憶を消す力を使ったって事ですか?」
「そうですね、管理人さんにはご迷惑をおかけしています……」
ハルさんは申し訳なさそうにそう言った。
僕も使われた、記憶を消す力……
さっきの話でハルさんの不思議な力のうち、浄化の力と動物になれる力だけは、生まれた時から使えたのだと分かった。
だったら記憶を消す力は、新しく覚えたという事だ。
きっとあの記憶を消す力は、使う方も辛いんだと思う。
人の記憶を消して、それを不思議に思わないようにするなんて事、やっぱり誰にとっても良くはないはずだ。
そんな力、覚えなければ良かったのにと思ってたけど、その力もハルさんが生活していく上で必要な力だったんだな……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




