約束
圭君視点です。
猫の驚いた顔というものを、初めて見たかもしれない。
僕の大きな声にビックリしたのか、白猫は驚いてこっちを見た。
感情が顔に出やすい猫なのかな?
でも僕も驚いた。
なんで急に叫んじゃったんだろう?
自分で発した言葉なのに、なんて叫んだのか覚えてない。
何か意味のある言葉だった気がするんだけど、分からない……
でも、僕はこの猫を引き留めたかったんだ。
それに何かこの猫、見覚えがあるような気もする……
前に拾った猫は黒猫だったし、こんな綺麗な白猫は初めてみるはずなんだけど……
とりあえず、驚いて硬直している猫を抱えて家に入った。
僕が抱えても全く暴れたりもしないし、凄くおとなしい猫だ。
「さっきは急に大きな声を出してしまって、すみませんでした。でも僕も自分で何て叫んだのか覚えてないんですよね……とはいえ、驚かせてしまって本当にごめんなさい」
あれ? 何で僕、猫に敬語で話してるんだろう?
まぁ、いいか……
「今からご飯作るので、ちょっと待ってて下さいね」
ベットの上に猫を乗せて、ご飯を作りに行く。
野菜とかを細かく切ったスープなら、食べやすいし丁度いいだろう。
野菜も送ってもらったばかりでキャベツもまだあるし、キャベツ多めの野菜スープにしよう。
「野菜スープできましたよ。どうぞ」
変に警戒することなく、食べてくれた。
ちゃんとキャベツも多めに入れたから……?
……何でキャベツ? 作ってる時は気にならなかったけど、僕は何でそんなにキャベツを入れたかったんだろう?
そういえば、前の黒猫の時に使わなかったキャットフード、余ってたんだった。
そっちにすれば良かったのに、何でスープ作っちゃったんだろう?
なんだろう……
さっきから何か凄い頭に引っ掛かってる事があるのに、それがなんなのか分からない……
スープを食べ終えると、白猫は僕の方を見て深々と頭を下げた。
凄く丁寧にお礼を言っているような感じ……
まぁ、僕が勝手にそう思っただけで、何気ない猫の仕草だったんだろうけど……
まるで僕に挨拶をするかのように頭を下げたあと、白猫はベランダの方へ行った。
戸に前足を掛けている。
「外に出たいんですか?」
やっぱり野良猫だから、家の中に連れてきてしまうのはよくなかったな……
出たいなら出してあげた方がいいかな……
もしかしたらこの猫にも、ちゃんと帰る場所があるのかもしれないし……
「ちょっと待って下さいね」
僕はベランダの戸を開けてあげようと、鍵に手をおいたところで、自分の手が鍵を開けたくないことに気がついた。
自分でも何を言っているのかよく分からない……
でも、僕はこの戸を開けたくないんだ……
何故か起きると必ず開けてしまうベランダの戸。
寒いから閉めたいのに、閉めると痛くなる胸。
まるで、僕はこの戸を閉めたくないような、そんな感じ……
なら、何故閉めたくなかったのか?
そして、そんなに閉めたくなかった戸を、今は何故開けたくないのか?
閉めたくなかったのは、閉めると来れなくなってしまうから。
開けたくないのは、開けると出ていってしまうから。
そうだ、僕は来てくれるのを待っていた。
いつもこのベランダから来てくれるあの人を。
待っていたかったから、閉めたくなかったんだ。
そして今ここに、待っていた白猫がいるのに、戸を開けてしまったら?
きっと出ていってしまい、もう二度とここに来ることはないだろう。
だって、"一度だけ会いに来る"っていう約束だったから。
だから今この戸は、絶対に開けるわけにはいかないんだ!
「約束、しましたよね……もう一度、ちゃんと言い直すって……」
僕はベランダの戸の前にいる白猫を抱えて、ベットの上に座らせた。
その正面の床に正座して、猫と視線を合わせる。
「あなたは僕なんかでは計り知れないような、沢山の事を背負って生きてるんですよね。僕では力不足かもしれませんが、あなたの重荷を減らせるように、一緒に背負っていきたいと思っています」
白猫はじっとこっちを見て、僕の話を聞いてくれている。
「きっと凄く難しい事なんだろうし、これからも迷惑をかけてしまう事があるかも知れません。それでも僕は、あなたと共に生きていきたいです」
思った事をそのまま……
僕の本心を、偽りなく……
大丈夫、ちゃんと伝わる。
言葉の力は偉大だから!
「今の僕には、あなたを守れるような強さはないけれど、あなたを支えていけるような存在になりたいと……いえ、なってみせます!」
今にも泣き出しそうな目を、しっかり見つめて。
「ハルさん、あなたの事が好きです。僕と付き合って下さい」
目の前が、白くキラキラと光って、猫は人の形になっていく……
そしてずっと待ってた、待ち望んだ声が聞けた。
「はいっ! 私も……私も、圭君の事が好きですっ……」
泣きながらそう言ってくれた彼女を、僕は抱き締めた。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




