お別れ
圭君視点です。
僕がやっと言えた言葉に対してハルさんが発した言葉は、僕の期待していたような事でもなく、そもそも僕に対する返事でもなかった。
僕からハルさんに関する記憶を消す……ハルさんはそう言った。
「本当にごめんなさい、最初からこうしていればよかったんですよね。なのに圭君の優しさに甘えて、こんなに迷惑かけて……」
「僕はそんな事が聞きたくて言ったんじゃありません! それに、記憶消すってどう言うことですか!?」
ハルさんはとても悲しそうに謝罪してきた。
僕は全然状況が理解できなくて、理解したくなくて、大きい声でハルさんの声を遮るようにそう質問した。
「私達は基本的に人と関わってはいけないんですよ。だから、もし見られたりした場合は、その人から自分に関する記憶を消して立ち去るんです」
ハルさんは不思議な力を使うことができる、特別な存在だ。
そんなこと僕だって分かってる。
だから本来ならきっと、僕からも記憶を消して立ち去らないといけなかったんだろう。
でも、だったら……
「……だったら、何で今まで僕から記憶を消さなかったんですか?」
「私が圭君の優しさに甘えていたからです。圭君が誰かに私の事を言いふらしたりしない人だと分かってましたから……記憶を消すのは力の消費量も大きいので、今無理に消す必要はないと……」
「なら、今回も消す必要はありませんね。僕はこれからもハルさんの事を誰かに言ったりはしませんから」
今までそれで問題がなかったのなら、これからも問題はないはず。
僕はこれからもハルさんの事は誰にも言わないんだから、僕からハルさんの記憶を消す必要はない。
「いえ、それがやっぱり間違いだったんですよ。だからこうやって圭君を巻き込んで、迷惑をかけてしまったんですから」
「だから、全然迷惑なんてかけられてないんです! むしろ記憶を消される方が迷惑なんですよ! 僕はハルさんの事が好きです! その、好きな人の記憶を消されるなんて、迷惑以外のなんでもないじゃないですか!」
ハルさんとの記憶を消されるなんて冗談じゃない。
ハルさんは今回の事は自分のせいで起きたことで、僕に迷惑をかけてしまったと言うけど、そんなのは全然迷惑だなんて思ってもない。
僕にとって迷惑だと言うのなら、記憶を消される事の方がよっぽど迷惑だ。
僕は捲し立てるようにハルさんに言った。
でも、ハルさんはまるで幼い子に何かを言い聞かすような感じに、優しく微笑みながら話してくる。
「大丈夫ですよ、記憶を消したら私の事なんてちゃんと忘れて、今度はもっと、素敵な方を好きになりますよ。だから、大丈夫です」
「何が大丈夫なんですか!? そんなの、全然大丈夫じゃない!」
「大丈夫ですよ、ちゃんと素敵な方を好きになって、結ばれて、幸せな生活が待ってますからね」
「ちゃんと僕の話を聞いて下さい!」
いつもはあんなに僕の話を聞いてくれるのに、僕が何を言っても聞いてくれない……
「ちゃんと聞いてますよ……そもそも圭君がそんな感情をもってしまったのも全部、私が悪いんですから。綺麗に消して、私の事なんて忘れてもらわないと」
「そんな感情? ハルさんにとって、僕からの好意は迷惑なんですか?」
「…………」
僕がハルさんを好きだという気持ちは、"そんな感情"なんて言葉を使われていいような気持ちじゃない!
ハルさんには迷惑だったなら仕方ないけど、そうじゃないなら……
でもハルさんは何も答えてくれない。
「僕、まだハルさんからさっきの返事をもらってないんですけど」
「……記憶、消しますね……」
「ハルさん!」
名前を呼んでも僕の方すら見てくれない。
もう強引にでも記憶を消そうとしている感じだ。
「……あまり、時間もないことですし、そろそろ消しますね」
ハルさんの中で、僕の記憶を消すということは確定事項なんだろう。
だから今、僕が何を言っても記憶を消すのを止めてはくれない。
でもハルさんだって消したくないんだ……それも僕はちゃんと分かってる。
「もう、ハルさんがとんでもなく頑固なんだって事はよく分かりました。なら僕は記憶を消されても、思い出してみせます! ハルさんの事を!」
「え?」
「ちゃんと思い出しますから!」
記憶を消される事がもう決まってしまっているなら、僕がそれに対抗する手段は、記憶を消されても思い出すことだ。
「そんな事……できるわけないじゃないですか! 私達の力はただの人が対抗できるような力ではありませんよ」
「いえ、できます! だからハルさん、僕から記憶を消しても会いに来て下さい。来てくれたらもう一度、ちゃんと言い直すので、その時は返事を聞かせて下さい」
僕はまだ、ハルさんから返事だってもらってないんだ。
こんなところでハルさんの事を忘れてる場合じゃない。
ハルさんの力がどれだけ凄いかなんて知らない。
記憶を消されて、思い出せるかなんて分からない。
それでも絶対、思い出してみせると決意した。
「……一度だけ……では、一度だけ会いに来ます。それを本当のお別れにしましょう」
「お別れにはさせませんよ」
ハルさんの手の上に、光の塊のようなものが出来ていく。
ハルさんはその光を僕の方へと近づけた。
「……さようなら、圭君」
「必ず、思い出します……か……ら…………」
薄れ行く意識の中で僕が最後に見たのは、とても苦しそうに涙を流すハルさんだった……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




