有為転変
圭君視点です。
バイトもやめたし、受験も近づいて来ていて、時間の流れを感じる。
僕が進もうとしなくても、僕の周りは進んでいく、そしてそのうちに僕とズレていく……
神様の言葉を反芻して、このままじゃダメなんだと、僕も前に進まなければいけないんだと自分に言い聞かせてるのに、全然勇気がでない。
ハルさんがもう来てくれなくなる事が怖すぎて、自分の気持ちを伝えられない……
でも、言わなくても伝わるだろうみたいな、相手に甘えた考え方はダメだってハルさんにも教えてもらったし、ちゃんと伝えないと……
もうここ最近はこればかり悩んでいる……
勉強がたまに疎かになるせいで、ハルさんにも心配されてるし、ちゃんと受験前に解決させるべきだろう。
「最後のバイトはいかがでした?」
「店長も代わりに入ってくれた人も、とても温かく送り出してくれましたよ」
「それは良かったですね」
僕が悩んでいるのがバイトの事だと思ったようで、ハルさんに最後のバイトの話を振られた。
店長や稲村さんには本当にお世話になったし、少し寂しくはあるけど、特に悩んではいない。
寧ろ2人にも応援してもらったので、前向きに考えれている。
そういう事は前向きに考えれるのにな……
何でハルさんに思いを伝えるのを、こんなに悪い方にばかり考えてしまうんだろう……
神様にも励ましてもらったっていうのに……
そもそも神様と知り合いというだけでも凄い事なのに、その神様から直接お言葉を頂戴して行動してるなんて、僕は恵まれ過ぎている。
お供え程度じゃお礼が足りないけど、毎日でもお供えに行くべきだ。
それにこの間の紅葉狩りの時に会った、もう1人の神様の神社は、街中にあって少し遠いので、まだ行けてない。
ちゃんとお礼にいきたいのに……
「そういえば今度もう1人の、あの神社の神様にもお供えに行こうと思うんですが、どうしたらいいですか?」
「あぁ、神ちゃんですか? 神ちゃんの方はあんまり勝手なお供えとかは出来ないんですよ。神社を管理していらっしゃる方がみえますからね」
「そうなんですか……」
やっぱり簡単には会えないし、お礼もできそうにないな……
ハルさんだって久しぶりって言っていたくらいだしな。
「圭君、結構な頻度でお供えしてくれてますよね? 私が言うのもなんですが、無理はしなくて大丈夫ですよ。思い出した時とか、たまたまトウモロコシが余った時とかでいいんですよ」
「本当に無理なんてしてないですよ。この間も実家から野菜が届いたんですが、トウモロコシも多く入れてくれてましたから。僕が実家にいた頃もトウモロコシはよく余ってたので、丁度いいと思いますよ」
「それならいいのですが……」
ハルさんは、僕がお供えし過ぎていると心配してくれてるようだ。
受験にお供えに最近の変な態度……
今はただでさえハルさんに余計な心配をかけているというのに、心配の要因を増やしてどうするんだ……
心配されない為にも何か話題を変えたい……
あぁ、今日からもうバイトへは行かないんだった。
生活時間も変えていかないといけない。
それを話して、話題を変えよう。
「あ、ハルさん。僕今日から早く寝ようと思ってるんですよ」
「いいですね。急な生活習慣時間の改善より、ゆっくりと変わっていった方が体に負担もないですからね」
「はい」
「じゃあ今日は早めにお暇しますね」
「えっ、そんな……いいですよ。別に早く寝るって言ってもハルさんが早く帰る必要なんてないですよ」
話題を変えたかっただけなのに、僕が早くに寝たいとか余計な事を言ってしまったせいで、ハルさんは早く帰ると言い出した。
全然いてくれていいのに……
ハルさんの時間の許す限りはここにいて欲しいのに……
「いえいえ、最初が肝心ですから。明日はいつもより少し早めに来ますね」
引き留めてみたけど、やっぱり帰ってしまうみたいだ。
まぁでも、明日は早く来てくれるらしいし……
「……はい。お待ちしています」
「作ったフィナンシェもいくつか置いていくので、勉強の合間にでも食べてくださいね。糖分摂取は大切ですよ」
「ありがとうございます」
「では」
ハルさんは今日もベランダから帰っていった。
少し残念に思いつつ、それでもまた明日来ると言ってくれる事が嬉しい。
ハルさんが置いていってくれたフィナンシェを食べながら、また勉強に集中した。
早く寝る事も考えて、早めの夕食として昼食の残りを食べたけど……後はどうしようか?
いつもは6時くらいに寝て、正午に起きるようにしていたけど、早く寝て、6時には起きれるようにしたい。
いつも寝ていた時間に起きることになるな。
流石にまだ全然眠くないし、今布団に入っても寝れないだろうな。
何か他にやる事はないかな?
そういえば、明日はハルさんも少し早めに来てくれるって言ってたな。
新生活1日目記念として、お昼は豪華にキャベツを使おう。
朝から起きるって事は、昼食を作る時間も沢山あるんだし、キャベツを丸ごと使ったスープとか作ろう。
そうしたら、ハルさんも喜んでくれるかな?
喜んでくれてる時なら、伝えられる……か?
この間送ってもらったキャベツは使いきったから、今は無いんだった。
少し時間も遅いけど、まだスーパーも開いてるだろうし、キャベツを買いに行こう。
まだ売れ残ってるといいけどな……
買い物から帰ってこれば、少し運動した感じにもなるし、時間的にも丁度よく寝れるかもしれない。
そんな事を考え、スーパーへ行こうと家を出たところで、
「こんばんは、瑞樹さん。お出かけですか?」
と、石黒さんに声をかけられた。
石黒さんの後ろには、もう1人一緒にいた。
見覚えのない、男の人だ。
「こんばんは、石黒さん。少し買い物に行こうと思っただけですけど、僕に何か用ですか?」
いつもは外で偶然会うだけだったけど、僕の家の玄関の前で会うって事は、僕に用があって来たって事だよな?
「これだけ無防備というのは、まだ何も聞いていないということでしょうか?」
「何の話ですか?」
「やれ、連れていくぞ」
「はい」
よく分からない事を言ってるなと思ったら、いつもの丁寧さとは正反対な感じに、石黒さんは後ろの男の人に声をかけた。
後ろ人は返事をすると共に僕の方に来て、僕の腕を後ろから押さえてきた。
「な、何するんですかっ! やめて下さいっ!」
大きめの声で言ったのに全く相手にされず、何かを嗅がされた。
そのまま体に力が入らなくなって……意識も遠くなって……いく……
「石黒? お前……何やってんだっ!?」
薄れゆく意識の中で、最後に聞こえたのは、聞き覚えがあるような気がする男の人の声だった。
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