利害得失
圭君視点です。
御神木の上に乗らせてもらって、紅葉を見ていると突然、
「ハルちゃーん! 久しぶりー。会いたかったよぉぉーー!」
という声が聞こえてきた。
どこから聞こえたのかと探していたら、僕の横を物凄い早さの風が通り抜けていき、さっきまでそこにいたハルさんはいなくなっていた。
「わぁー、本当にハルちゃんだー」
「か、神ちゃん? お、落ち着いて下さい。お久しぶりですね。お変わりないようで安心しました」
下の方からハルさんの声が聞こえてきた。
突然いなくなったからビックリしたけど、無事そうで良かった。
「ほーんと、いつもこっちに来てくれないから私から来ちゃった」
「抜けてきて大丈夫なんですか?」
「大丈夫、ちゃんと代理お願いしてきたから。さぁハルちゃん! お話しましょう」
「はい」
上からハルさんの様子を見ていたら、ハルさんと突然現れた人はとても楽しそうに話し始めた。
どうやらハルさんの知り合いみたいだ。
「えっと……あの方も神様ですよね?」
「そうじゃ」
ハルさんも"神ちゃん"って呼んでるのが聞こえたし、空からあんなスピードで普通は来られない。
おそらくどこかの神様なんだろうと思って、一緒に御神木の上に残ってくれてる土地神様に確認すると、やっぱり神様だった。
「アレは、あそこの神社の神じゃよ」
土地神様が指を指して教えてくれたのは、僕達の暮らす町の中心にある大きな神社で、ここみたいに山の上とかではなく、都心の真ん中にある結構有名な所だ。
「あっ、僕、挨拶とかしなかったんですけど、失礼でしたよね? 後で謝らないと……」
「気にせんでええぞ。アレは今、ハルちゃんと話すのに夢中じゃ。普段ハルちゃんはアレの所には行かんからのー。それにあんな状態で挨拶できるわけなかろう? こんなことは失礼にもならんよ」
「それなら良かったです」
楽しそうに話す2人の邪魔をするわけにもいかないし、後で挨拶しよう。
でもあんなに仲良さそうなのに、どうして普段から会わないんだろう?
「あの……何でハルさんは行かないんですか?」
「あそこは観光地じゃからな。人が多い所に神は姿を表せん。此処のように結界があって、人が入ってこないとかなら話は別じゃがな」
「すべての神社とかに結界があるわけじゃないんですね」
「そうじゃ。結界があるのは此処だけじゃよ」
てっきりどこの神社にも結界とかがあるもんだと思ってたけど、そういう訳じゃないみたいだ。
ハルさんがこの神社によく来てるのとかも、そういう事に関係があるのかな?
「神が理由もなく自らの地を離れる訳にもいかんからの。人の子、お前さんからハルちゃんをとってしもうて悪いが、しばらくは儂とのお喋りで我慢してくれんか?」
「我慢だなんて、とんでもないです。ありがとうございます、土地神様」
「ところで人の子、お前さん悩み事とかはないのか? 儂で良ければ聞くぞ? 今回は神様のお悩み相談室じゃ」
前回は質問コーナーで、今回はお悩み相談室。
相変わらず土地神様は結構ノリノリだ。
悩み事か……最近は悩んでばかりだからな……土地神様に相談してみてもいいのかな?
「その……伝えたい事があるんですけど、それを伝える事がなかなかできなくて……」
「それはハルちゃんに言いたいことがあるのに言えてない、という事か?」
「はい……」
土地神様はすぐにハルさんの事だと分かってくれた。
まぁ僕が相談するのなんてハルさんの事ぐらいだから、分かられて当然なんだけど……
「伝えてしまったら、今までと同じではいられなくなるので……その、僕は変化に慣れていないといいますか、変化が恐いんですよ。その変化で失ってしまうんじゃないかって思えて……」
ハルさんに思いを伝えてしまったら、今と同じではいられない。
そんなの当たり前だ。
僕は恐いんだ、もうハルさんが来てくれなくなるのが。
だから伝える勇気がない……
「何かを得るということは、何かを失うことなんじゃぞ。それでも前に進むためには失う覚悟も持たなければならん」
「失う覚悟……ですか?」
「そうじゃ。例えば君は今度から大学に通うことになり、大学での時間を得ることになる。そうなれば今まで自由だった時間は失われるじゃろう? 得る事と失う事は同義なんじゃよ」
得ることと失う事が同義……
折角何か得たのに、それは同時に何かを失っている事になるなんて……でも、それが当たり前の事なんだ。
「じゃから何かを得ようとするのなら、何を失う覚悟も持たねばならんのじゃ。何を失うのか、本当にそれは失ってもいいのかを考えてな」
お金を得るために自由の時間を失って働くとか、恋人関係を得るために友人関係を失うとか……
でもそれって友人関係を失うだけで、恋人関係は得られない場合もあるよな……
ただ失うだけの場合もある……
「失う覚悟を持っても、僕が思っているより大きなものを失ってしまうかもしれませんよね?」
「そうじゃな。そこが難しいところじゃな。特に人と人の間で起こる事は、自分の意思だけでなく相手の意思も加わってくるからの。自分の理想とは違うものを失うかも知れんな」
ハルさんに思いを伝えてしまったら、僕は何を得て、何を失うんだろう?
何か得るものがあるのならいい。
でも最悪の場合、得るものなんて何もなくて、ハルさんもいなくなって、失うだけになってしまうんじゃないか?
「そんな事になるならこのまま、今と変わらず過ごしていきたいですよ……結局前には進めませんけど……」
「人の子、例え君が現状をそのまま保ちたいと思い、前に進まなかったとしても、この日々はいつか必ず壊れる。今と変わらずに過ごしていく事は不可能じゃ」
「えっ……」
「君が進まなくとも、君の周りは進んでいくからじゃ。そしてそれは少しづつかもしれんし、いきなりかも分からんが、君とはズレていってしまう」
僕が変わらなくても周りは変わっていく……
それは当たり前の事だし、考えてみれば大学だってそうだ。
今までは僕も夜勤だったからハルさんと行動時間が一緒だったけど、僕がバイトを辞め、大学に通い出したらハルさんとの時間はズレる。
そうしたらハルさんとは会えなくなるんじゃないか?
そもそも、大学受験のための勉強を教えてもらってるんだし、大学に受かった時点でハルさんは来てくれなくなるかもしれない……
そんなんだったら受かりたくないな……
そんな事を考えてしまうくらい、僕は最低な人間だ。
ハルさんの役に立てるような存在になりたいって、ちゃんと目標をもったはずだったのに……
「そんなに思い詰めんでも……すまんの、儂が言い過ぎたな」
余程酷い顔でもしてたんだろうか?
土地神様に心配されてしまった。
「いえ、そんなことないです。僕は逃げ道ばかり考えてしまって、全然前に進めないですから……」
「進んだ先に待っている何かを恐れて動かないのではなく、それでも勇気を持って前に進んで行くことができるのが、人というものだと儂は思うよ」
今の僕は、変化によって失うものを恐れて何もしないでいるだけだ。
だからこそ、自分で自分の状況を変えようとする勇気が持って、前に進んでいかないといけないんだ。
「まぁ何も、そんなに急いで結果を出さんでもいいさ。大いに悩みなさい」
「はい、ありがとうございます」
失う覚悟を持って、前に進んでいく勇気。
僕にもそういう勇気を持てるだろうか……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




