遷り変わり
圭君視点です。
「おはようございます。お邪魔します」
「おはようございます、ハルさん」
「圭君、この間はお供えに行ってくれたそうですね。神様喜んでましたよ。ありがとうございます」
来て1番に、ハルさんはそう言った。
「それはよかったです」
「あと、暗い時間だったと心配してました。山道は暗いと危ないので、今度からはできるだけ明るい時に行って下さいね」
「あ、はい。ご心配ありがとうございます」
お供えに行ったのは1週間位前だ。
それを今言われるって事は、ハルさんが土地神様に会ったのは昨日って事になる。
つまり、ハルさんは仕事中にはそんなに土地神様とは会わないという事だろうか……
とりあえず心配されてしまったし、次に行く時は夕方位に行くことにしよう。
「あ、あと圭君……」
「何ですか?」
「えーっと……やっぱりいいです」
「そうですか?」
どうしたんだろう?
ハルさんは何か言いたそうだったけど、言ってくれなかった。
いいって言われたのに無理に聞くのも悪いし、聞かないでおこう。
気にはなるけど……
ハルさんはいつも通りに昼食を食べてくれて、お菓子を作って、僕の勉強を見て帰って行く。
僕もいつも通りにハルさんが帰ってからも勉強をして、夕食を食べてバイトへ行く。
でもそろそろバイトを辞めることも考えておかないと……
「店長、ちょっといいですか?」
「どうしたの?」
バイト中、お客さんも少なくて暇なタイミングで、店長に話しかけた。
「あの、まだ受かってないんですけど、来年は大学に行く予定なので、そろそろバイトを辞めようと思うんです」
「そうだね。あ、でもまだ大丈夫だよね?」
「はい。もし落ちたらまたお願いするかもしれないですけど……」
「なーに言ってんの! 受かるって! 瑞樹君、すごく頑張ったんでしょう? なら大丈夫。落ちたときの心配なんてしなくていいよ」
「ありがとうございます」
いつも勉強を見てくれてるハルさんも大丈夫って言ってくれるし、この1年を無駄にしない為に沢山勉強した。
不安が全くない訳じゃないけど、自分でもきっと大丈夫だと思ってる。
「まぁでもそうだね。なかなか夜勤の人は見つからないから、少し待たせちゃうかもだけど……」
「大丈夫です」
店長にその話をしてから何日か経って、僕の後任の夜勤バイトが見つかったという連絡が来た。
もっと1ヶ月位かからないと見つからないかと思ってたけど、案外すぐに見つかったみたいで良かった。
「うぃーっす、お久しぶりですね、瑞樹さん」
「稲村さん。夜勤に変わったんですか?」
行ってみたら僕の後任の夜勤バイトは、前に昼勤の時に会った稲村さんだった。
「あれ? 瑞樹君、稲村君と知り合いだった?」
「前に1回、瑞樹さんが昼勤した時に会ったんですよー」
「あぁ、そういえばそうだったね。瑞樹君、今度から稲村君が夜勤をやってくれる事になったから、これからしばらくは2人でよろしくね」
「はい、お願いします」
同じコンビニの仕事だけど、昼と夜じゃ結構仕事内容も違ってくる。
今日から僕は稲村さんに夜勤の仕事を教えることになった。
「お客さんはあまり来ません。なので清掃とか在庫確認とかが主な仕事です」
「はーい」
「それから、レジの方にずっと入ってはいられないので、もしお客さんが来たら、お客さんのタイミングに合わせてレジに行って下さい。なので結構周りも気にしながらやらないといけません」
「結構大変ですねー」
大変と言いながらも要領よく仕事をこなしていく稲村さん。
元々昼に働いていた人だから、全くここの仕事を知らない訳じゃないし、教えるのはそんなに大変じゃない。
「瑞樹さんって教えるの上手いですね」
「そんな事ないですよ」
仕事が一段落ついたところで、稲村さんにそう言われた。
僕からすると、僕の教えが上手いんじゃなくて、稲村さんの覚えが早いんだけどな……
「教師とか向いてません? そういや、どこ大学目指してるんですか?」
「○大学です」
「えっ! マジですか? 弟と一緒ですね」
「そうなんですか?」
「俺の弟も今年受験なんで、会うかもしれないですね」
そんな事も話しながら仕事をしていて、ふと時計を見たら2時になっていた。
「こんばんは、瑞樹さん」
この時間に珍しくお客さんが入ってきたなと思っていたら声をかけられて、振り返ってみると石黒さんだった。
「石黒さん、いらっしゃいませ」
「なんですか? まーた瑞樹さんの知り合いですか? 俺が入ると瑞樹さんの知り合い来る率高いですねー」
稲村さんはそう言ったけど、僕と稲村さんが一緒に仕事をしたのは今日で2回目だ。
確かに稲村さんと仕事をした前の昼勤の時も、まなちゃん家族と会ったから、稲村さんと一緒に入った日の知り合い来る率は100%だけど、たったの2回では率高いとは言わないだろう……
僕がそんなことを考えていると、
「おや、前にも瑞樹さんの知り合いが来られたんですか?」
石黒さんがその話に興味をもったみたいで聞いてきた。
「そうですねー、昼勤の時でしたけど」
「女性ですか?」
「まぁ、女性っていうか、女の子ですね」
「女の子?」
「3歳くらいの。あとそのお父さんとお母さん」
「3歳……そうですか」
なんだろう……?
どことなく石黒さんは残念そうな感じだった。
「石黒さん? どうかしましたか?」
「いえ……それにしてもこの時間で瑞樹さん以外の方がいらっしゃるのは珍しいですね。いつも瑞樹さんお1人ですよね?」
「え?」
「お店には入らなくても、通りかかる事はよくありますので」
「そうでしたか」
唐突にそう言われたからびっくりしたけど、石黒さんはよくここを通るらしい。
確かに結構よくこの辺で石黒さんに会うけど、石黒さんも家がこの辺なのかな?
でもこんな時間まで仕事とか、刑事さんってやっぱり大変だな……
「あーでも、それなら今度からは瑞樹さんは見れなくなりますよ」
「え? 瑞樹さん、バイトやめられるんですか?」
「はい、来年からは大学に専念しようと思ってまして。それで今度から夜勤の担当は稲村さんに代わるんです」
「そうなんですか。瑞樹さんの新しい門出を応援してますね。頑張ってください」
「ありがとうございます」
石黒さんはそう言って帰って行った。
相変わらずよく分からない人だ。
「そういえば、瑞樹さんは何で今まで夜勤バイトしてたんですか? お金が無かったとか?」
「一応、自分の生活費くらいは自分で稼ぎたいからって親には言いましたよ。でもそれは建前を良くした言い訳で、僕が夜勤バイトをしようと思ったのはただ逃げてただけだったんですよ」
「逃げてた?」
もちろん生活費くらい稼ぎたいって思ったのも本当だけど、浪人中の僕が夜勤バイトにする必要はない。
時間なんていつでも空いてるんだから。
夜勤の方が金額がいいっていうのもあるけど、貯金もあったしそこまでお金には困って無かった。
今なら分かる……僕は家族と向き合いたくなくて逃げてたんだって事が。
「僕の実家、朝から夕方位までは忙しいんですけど、夜は比較的落ち着くんですよ。だから1人暮らしの僕を心配して母さんが夜によく電話をくれてたんです」
「優しいですね」
「でも僕は、その心配されてる電話を聞きたくなかったんです。だから夜に働きたかっただけで、家族と向き合わずに、逃げてました」
「今そう言えるって事は解決したんすか?」
「はい」
ハルさんのお陰だ。
今の僕は言葉の大切さをちゃんと分かってる。
「良かったですねー。なんかでもそうですね。瑞樹さん、前に会ったときより明るくなりましたよね」
「え? そうですか?」
「俺も応援してますよ、瑞樹さんの大学生活。ま、もし弟と会ったら仲良くしてやって下さいねー」
稲村さんは前に会った時と変わらずフランクで話しやすい。
いつもなら僕1人か店長と2人だけど、店長はいても奥にいるから結構静かだ。
でも今日はずっと稲村さんと話しながら仕事をしている。
賑やかというほどでもなかったけど、楽しく仕事ができてよかった。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




