恩返し
圭君視点です。
昼勤もしたので、今日バイトに向かうのは2回目だ。
行く途中のポストに手紙を投函する。
ただ手紙を出すだけなのに、慣れない事をしているからなのか、家族の皆にどう思われるか分からないからなのか、自分がすごく緊張しているのが分かった。
よくよく考えてみれば、僕から連絡したのは初めてだ。
高校入学の時にこっちに来てるから、3年半ぶりくらいだ。
母さんは何度か心配して電話をかけてきてくれてたけど、僕が大丈夫だからいいって断ったし……
本当に今まで、心配かけっぱなしだったな……
「瑞樹さん? こんばんは」
「えっ? あぁ石黒さん」
ポストの前で少し考えていたら、石黒さんに声をかけられた。
「こんな時間に手紙? ですか?」
「はい。ちょっと実家に手紙を出すことにしまして……」
「急にですか? 今までは出されていなかったんですよね?」
「そうなんですよ。いつも野菜とか送ってもらってたのに、なんの連絡もしてなくて……でもそれはダメだって怒られて……」
「その怒ったのはこの間のご友人ですか?」
「え? あ、そうですけど?」
「そうですか……ご友人は瑞樹さんのご実家と関係がある方なんですか?」
「実家と? いえ、こっちに来てからできた友人なので……」
相変わらず、ぐいぐい質問して来る。
何でそんなに知りたがるんだろう? 職業病かな?
「あ、あのそろそろバイトなんで失礼しますね。石黒さんも仕事、頑張って下さい」
「あぁ、そうですか。ではまた」
こっちから話を切らないと、永遠に質問されそうだったので、僕は走り去るようにコンビニに向かった。
刑事さんだし、いい人なんだろうけどなんか苦手だ。
「お疲れ様です、ふぅ……」
「あぁ、お昼はありがとうね、瑞樹君。ってなんか疲れてるね、大丈夫? そんな遅刻しそうでもないのに走ってきたの? むしろ早いよ?」
「あ、いえ……大丈夫です」
若干駆け足で来たことで、いつもより少し疲れた状態の僕に、店長は優しく声をかけてくれた。
ぐいぐい質問してくる刑事さんから、逃げてきましたなんて変な事は言えないしな……
「あっ、そういえば店長」
「ん? どうしたの?」
僕はお昼にまなちゃんのお父さんから、花火の動画を送ってもらっていたことを思い出した。
「これ、見てください」
「ん? なになに? おぉ~、花火だね! この間のやつ?」
「そうです。知り合いの人が動画録ってたのを送ってくれて」
「へぇー、おぉ! 今の、凄かったね。おっ! 次のも凄いじゃん」
喜んでくれてるみたいだ。
後でまた、まなちゃん家族にお礼のメッセージ送っておこう。
そういうお礼は送ろうって発想にすぐになるのに、なんで今まで家族にお礼を送ろうって思えなかったんだろう?
それに、この間のお祭りでまなちゃんと輪投げをやった時……
あの時まで、珠鈴が今どうしてるのかとか考えもしなかった……
本当に兄失格だな、僕。
自分の事しか考えれてなかったんだ……
最近やっと考えれるようになったのは、僕も余裕が出てきたってことなのかな?
きっと、いや絶対、ハルさんのおかげだ。
ハルさんと会ってから本当に色々変わった。
考え方が変わったことで、ただ意味もなく過ぎていくだけの日々が楽しくなった。
何か恩返しができるといいんだけど……
今の僕にできる事は、お菓子の作り方を教える事くらいだ。
明日は、野菜と一緒に食べれるお菓子を教えて欲しいって言ってたな。
最初はハルさんに家に来てもらうためのクッキー作りだったけど、ハルさんはお菓子作りをすごく楽しんでくれてるようで良かった。
明日もハルさんに喜んでもらうために、どういうのを作るか考えておこう。
野菜を混ぜたお菓子なら、玉葱のクッキーとかカボチャのタルトとか、色々と思い付くけど、数種類を混ぜて作る事を考えたら、やっぱりキッシュとかケークサレがいいかな。
キッシュだと、土台になる生地を先に作らないといけないし、ハルさんはまだタルトもパイも作った事がないからな。
急に変わるよりは似たような作り方のほうがいいと思うし、明日はケークサレを作ろう。
ケークサレなら、ハルさんの作り慣れたフィナンシェと同じようなスポンジケーキのお菓子だから、作りやすいかな。
それにケークサレやキッシュはお菓子というよりおかずだし、これでケークサレを作り慣れてくれれば、お菓子作りだけじゃなく、普段の料理にも興味を持ってくれるだろう。
そうなれば、僕が居ない時でも自分で作ってご飯を食べるようになってくれるはず……
それはそれで寂しいな……
でもご飯とかは、前みたいに断ったりしなくなったし、楽しみにしてくれてるみたいだ。
今日もお昼ご飯は何も食べてないかと思ったら、フィナンシェを食べたって、言ってたな。
前よりはご飯は食べるようになってくれてるのかな?
そうだったらいいけど……
そういえば、お昼に自分が食べたから友人に配る分のフィナンシェが無くなったって言ってたけど、友人にはいつ渡してるんだろう?
今みたいな夜の仕事中に渡してるんだろうか?
そうなると、一緒に動物になってパトロールしてる友人がいるって事になるけど……
でもそれなら前に怪我してた時、1番最初に連絡したがるはずだよな?
あの時ハルさんが連絡したがったのは警察への通報だけだった。
警察には自分の存在を隠してるみたいだし……
もう結構ハルさんと一緒にいるのに、ハルさんの事を考えれば考えるほど謎が増えていく。
でも聞くに聞けないし……
「おーい、おーい、瑞樹君?」
「えっ、あ、はい」
「大丈夫? 何か心ここにあらずって感じだったけど」
「すみません、考え事してました」
「そう? ならいいけど。花火、ありがとうね。すごく綺麗だったよ」
「良かったです」
ずっとハルさんの事を考えてたら、店長に心配されてしまった。
でも花火の動画は喜んでもらえたようで良かった。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




