外伝 ミオ視点 4
ミオ視点です。
『情報共有』
……異常なし、か。
「はぁ……」
「どしたん? ため息なんてついて。ため息をつくとさ、幸せが逃げるんだよ?」
「そんな事はないよ。ため息をつくことで呼吸が深くなるし、副交感神経が活性化して自律神経のバランスを整える事にも繋がるんだから」
「いや、そんなマジレスされても……」
「はは……」
「で、何に悩んでるの?」
仕事の報告を終え、休憩所で全ミオとの情報共有をしていると、リリーが話しかけてきた。
リリーも丁度休憩時間みたいだし、少し聞いてもらうとするか。
「ハル姉さんの事でちょっとね」
「ハルさんって事は、闇の……」
「今それは大丈夫」
「そうなの? だったら何?」
「ほら前に、リリーに報告を任せてハル姉さんのとこに行った事があったでしょ?」
「うん。ハルさんが怪我をして、連絡ができなくなってた事件ね」
「あれ、ハル姉さんは一般人に助けられてるんだけど、その一般人から記憶を消してないの」
「へー、協力者にするの?」
「ハル姉さんに限ってそれはない」
ハル姉さんは元より、自分の問題に私や姉さん達でさえ巻き込もうとはしないんだから、一般人を協力者になんてする訳がない。
それに、これまでずっと1人でやってきたハル姉さんには、協力者にするという発想そのものがないんだろう。
その一般人を協力者にしてくれてさえいれば、私も簡単に介入出来て、この問題もそこまで面倒じゃなかったのに。
「ミオはその人を協力者にしたいの?」
「別に昔みたいに協力者が足りてない訳でもないし、直接どんな人かも見てないから、協力者にしたい訳じゃないよ。でも、ハル姉さんは多分その人のことを好きになってると思うんだよね……」
「おぉ! 恋バナじゃん。それで、それで?」
リリーの瞳がいつも以上に輝いているように見える。
女性は男性よりも恋愛話を好む傾向にあるというのは聞いた事があったけど、リリーも好きなんだろうか?
自分の事でもないのに、こんなに興味を持って聞いてくるなんて。
「それでって言われても、多くを語れる程は進展してないよ。まだハル姉さんは、ご自身の気持ちにも気がつかれていないからね」
「それさ、気がついちゃったら逆にヤバくない? ハルさんって周りを巻き込んじゃうのとか、滅茶気にするタイプでしょ?」
「そ。だから気持ちに気がついたら、その一般人から自分の記憶を消すだろうね」
「えっ! じゃあ闇堕ち案件じゃん!」
「ハル姉さんは大切な人に忘れられた悲しみで闇堕ちする人じゃないよ。自分を忘れた事でその人が幸せに過ごしてくれているのなら、それでいいって思う派だからね」
「あー、家族からも記憶を消したままにしてるんだったね」
「だから困ってるんだよ」
「もう同じ事をしてほしくない?」
「うん……」
闇の種の方は問題ないだろう。
もしその一般人から記憶を消す事になったとしても、ハル姉さんなら相手の幸せを願う事で負の感情に対抗出来るから。
まぁそれは、その選択が間違いだったと自己否定してしまった時が、一番闇堕ちするリスクが高いという事でもあるんだけど。
「ねぇ? やっぱりそれ、結構危険な闇堕ち案件じゃない?」
「いや、あのハル姉さんだよ? 97.772%で闇堕ちはしないよ」
「それは恋愛感情が分からないミオが出した数字でしょ? 恋心っていうのはね、もっと複雑なの!」
「ご家族の時の前例だってあるんだよ?」
「親愛と恋愛は全然違うのっ!」
私は闇堕ちの心配は必要ないと判断していたのに、リリーは闇堕ちの可能性を提起してくる。
それも、私に恋心が分からない事を強調して……
「リリーは、好きな人がいるの?」
「いるよ」
「そうなんだ」
「誰かは聞かないの?」
「聞いていいものなの?」
「それは人によると思うけど、私はあまり聞かれたくないかな」
「じゃあ聞かない」
「違うでしょ、ミオ?」
「何が?」
「私を気遣って聞かないんじゃなくて、興味がないから聞かないんでしょ?」
それは……そうだ。
私はリリーの好きな人に、全くと言っていい程に興味がない。
私が気にしているのは、恋愛感情のあるリリーが何故闇堕ち案件だと判断したのかという事だけで……
「それだけ恋愛事に興味がないミオが出した数字は、本当に正しいかな?」
「それならリリーはどれくらいだと思うの?」
「うーん? ハルさんの相手の事が好きな度合いにもよるけど、闇堕ちする可能性の方が95%くらい」
「そんなに?」
「勿論すぐじゃないよ。ハルさんの事だから、相手の幸せを願ってる期間は相応にあると思う。でも段々と、願えなくなってくるんだよ。その人に恋人なんてできたりしたら、闇堕ちは確実だよ」
「時間が経てば忘れられるもんじゃないの?」
「忘れられたらどれだけいいか……」
物凄く実感のこもった言い方……
家族は血の繋がりがあるから、どれだけ時間が経とうとも忘れられる訳がない。
でも恋人は所詮他人だ。
だから時間が経てば忘れてしまうものだと認識していたのに、リリーがこんな悲しそうな顔をするなんて。
「リリーは、その人の事を忘れたいの?」
「忘れたいっていうか、せめて好きじゃなくなりたい。叶わないのに好きでい続けるなんて辛いから」
「どうしても、確実に叶わないの?」
「うん。だって私の好きな人、"ギン"だもん」
「……」
反応に困った。
いつ何時とて適当な返しが出来る私が、何を言えばいいのかが分からなくなった。
「ね? 叶わないでしょ?」
「……そうだね」
「だからとっくに諦めてる。諦めてるのに、全然好きが消えてくれないの。何度も何度も、もう好きでいるのはやめようって思うのに……」
恋愛感情……本当に厄介なものなんだな。
産まれた時から存在する繋がりとは違う、新しく出来た繋がりに執着してしまうだなんて。
きっとそれは、心に深々と棘を刺しているんだろう。
「って事で、ハルさんが本気でその一般人を好きなんだったらヤバいよって話」
「……ありがとう、悩み事を増やしてくれて」
「ふふっ、どういたしまして」
リリーはいつもみたいに楽しそうに笑って、雑に手を振りながら休憩所から出ていった。
あんな思いを抱きながら、それでも飄々と笑って過ごしているなんて……
見習わないといけないな。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




