働き口
ハルさん視点です。
昼は町中の景色を見渡し、夜は徘徊。
朝になっても家に帰る事はなく、なんなら隣町の方へも行ってみたりするという、そんな生活を始めました。
そう言うと、いやいやちゃんと家に帰りなさい! と、思われるのではないでしょうか?
ですが私は、これでもちゃんと家に帰っているのです。
なんと私、遂に分身の力を覚えたんです!
この力を身に着けた事で、分身の私が動物の姿となり、1日中パトロールする事が可能になりました。
ですので正確に言えば、家に帰っているのは本体の私なんですけどね。
熊さんが恵美さんのお父さんだったと分かったあの日、熊さんがお父さん達にキツネに化けた私が銃弾を避けながら戦った話をしてしまいました。
しかも圭まで一緒になって、私が圭に拾われた日にしていた怪我は、銃で撃たれたからだという話をしてしまって……
事実ですし、嘘を付かれた訳ではないのですが、そんな事を話されてしまったせいで、お父さんもお母さんも涼真兄さんもパトロールを許してくれなくなってしまいました。
でも私は、ユズリハ様との約束の事もあって、可能な限りはこの力を人の為に使っていきたいですからね。
パトロールをやめたくはなかったんです。
それにやっぱり、動物の姿になって見回りをするというのが、私のこの力の一番の活用方法だと思いますので。
そこで分身の力を覚える事にしました。
これなら分身の私がパトロールをして、本体の私は安全なところにいられますし、以前のような休息も必要なくなったので、より多くの問題を解決できます。
ミオのように大量の分身を生み出す事は出来ませんが、それでも特別な力を活用しながら普通の生活をするという事が出来ているので、現状が自分の在り方として適していると思っています。
普通の生活……
それは私がもう出来ないと思っていた、家族との生活です。
戸籍があるので変に隠れる事なく堂々と過ごせていて、帰る場所と迎えてくれる人がいます。
それに、会いに来てくれる大切な恋人もいて……
「お邪魔します」
「圭!」
「いらっしゃい、圭君。ここは圭君の家でもあるんだから、ただいまでいいのよ?」
「あ、はい……ただいまです」
今日も圭は来てくれました。
瑞樹野菜の仕事のお手伝いをしているので、それなりに忙しいはずですが、3日に一度は必ず会いに来てくれます。
いつも来てもらってばかりで悪いので、私から会いに行くと言っているのですが、ずっと私と過ごせていなかったお父さん達の為にと、私が家族と過ごす時間を優先してくれているんですよね。
本当にどこまでも優しいです。
「圭、来たか」
「涼兄も今日は休みだったんだね」
「おう。父さんは仕事だし、恵美は父さんの補佐に行ったけどな」
「私もそろそろ働き口を探そうと思うのですが」
「危ない事はダメだよ?」
「そうよ、遙花」
「瑞樹野菜の方で雇ってもらえねぇのか?」
「うーん? 無理じゃないですけど、既に僕の恋人だって知られていますからね。一緒に働く人達が萎縮してしまうかもしれません。遙花はそういうの、望まないでしょ?」
「そうですね」
戸籍もあるんですから、そろそろ本体の私もちゃんと働きたいと思っているのですが、それもなかなか難しいんですよね。
学歴的には私、幼卒ですし……
「圭の秘書とかやれれば一番なんだけどな」
「圭君は4月から大学生だものね」
「圭の大学の近くとか……あっ! 食堂とかどうですかね?」
「近くで働こうとしてくれるのは嬉しいけど、出来ればあまり目立たないところで働いて欲しいかな」
「目立たないところ?」
「遙花の容姿は目立つし、僕としてはあまり注目されてほしくないかなって」
「髪、黒にしますよ?」
「はぁ……そういう問題じゃないんだよ」
圭の大学で働ければ一番だと思ったのですが、目立つからという理由で圭に大きなため息をつかれてしまいました。
お母さんと涼真兄さんも呆れたような顔をしていますし、私が思っているよりも大学の食堂という場所は目立つのかもしれませんね。
髪を黒に変えても意味はない程に。
「そもそも遙花は会社の世界で働いてるんだし、こっちでまで働かなくてもいいんじゃない?」
「分身の遙花もパトロールをしているんでしょう?」
「そうですけど、本体の私は今のところずっと家にいるだけなので……」
「家にいるだけなのが気になるんなら、データ入力とかの在宅ワークとかで探したらどうだ? それこそ、瑞樹野菜で出来ねぇのか?」
「機械操作はあまり得意じゃ……私、ネットショッピングくらいしか出来ませんよ?」
「それなら覚えましょうよ! 私と一緒に習い事に行けばいいのよ! 将来絶対に役に立つわ!」
今までは必要とは思いませんでしたが、この世界で暮らして行くには、そういう力を身に着けた方がいいですよね。
お母さんはたくさんの習い事をしていますし、一緒に出来るというのは楽しいと思います。
色んな事を覚えていた方が、将来的に何処かで役に立てる事が出来るかもしれませんし。
「それはそうと、遙花?」
「はい」
「今度の遙花の誕生日なんだけどさ……」
「どうしました?」
なんでしょう?
圭は随分と浮かない顔をしているように見えるのですが……?
私の誕生日を祝ってくれるという話だと思ったのですが、何か問題でも起きてしまったのでしょうか?
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




