家族の一員
圭君視点です。
目が覚めて時計を確認すると、4時だった。
昨日早く寝させてもらったからというのもあるんだろうけど、いつも通りの時間に起きてしまったな。
もうひと眠りしようかとも思ったけど、目はかなり冴えてしまっているので起きる事にした。
見慣れない天井に、慣れないベッド。
見ているだけでもくすぐったくなるような感じがする。
自分がハルさん……遙花の家族に受け入れてもらえたという事実を再確認出来て嬉しくなるな。
とりあえず涼真さんが貸してくれた服に着替えて、洗面所の方へと来たけど、まだ皆さんは寝ているだろうから静かに行動しないと。
すぐに遙花の様子を見に行きたい衝動にも駆られているとはいえ、遙花はお義父さんとお義母さんと一緒に寝たはずだから、邪魔は出来ないし……
お義父さんとお義母さんか……うん。
リビングの方へと移動してきて、勝手ながらソファに座らせてもらう。
こういう"させてもらう"という考え方をしている間は、僕はまだこの家族の一員だとは言えないんだろうな。
まぁでも、昨日の今日なんだから、それも当然か。
こんな早朝から電気を勝手に付けるというのも迷惑な気がするけど、そんな事を気にしていたらダメだろう。
薄暗い部屋の中で1人でいた事を心配されるよりもいいはずだし、付けさせてもらおう。
明るくなったリビングで、昨日の夜に遙花の住んでいたマンションから持ってきた"家族の絵"を鑑賞する。
昨日も見たけど、やっぱり凄い絵だ。
美しい桜の木に、涼やかな湖。
そしてその桜の木や湖を温かく照らす陽気と、力強く支えている大地。
遙花がずっとこの絵から勇気をもらっていたというのもよく分かる。
本当に、本当に良かった……
「ん? 圭君か? おはよう」
「あ、おはようございます」
「早起きだね。あまり眠れなかったかな?」
「いえ。いつもの時間に起きてしまっただけですよ」
「そういえば圭君は農家さんだから、朝が早いのか」
「そうです。すみません、早朝から……」
「謝る事なんて何もないよ」
「ありがとうございます」
遙花の事を考えながら絵を見ていた間に7時になっていて、大地さんが降りてきた。
そして自然に僕の頭を優しく撫でてくれた。
昨日も見ていて思ったけど、天沢家の皆さんは頭を撫でる回数が多いと思う。
僕は両親が殆どいなかった事もあって、あまりこういう経験はないから……これもなんかくすぐったいな。
「遙花はまだ寝ているよ。折角だから陽茉梨にも朝をゆっくり過ごしてほしくてね。今日の朝食は買いに行く事にしたよ。良かったら圭君も一緒にどうだい?」
「あ、はい。行きます」
「あの店は8時からだからね、それまで少し話をしようか。圭君の事を教えてくれるかな?」
「何でも聞いて下さい」
大地さんと話している間に涼真さんも降りてきて、3人でたくさん話した。
僕の生い立ちや瑞樹野菜について、好きな食べ物や趣味なんかについても。
「じゃあそろそろ買いに行こうか」
「行ってら〜、俺はいつものな」
「よく行かれるお店なんですね」
「そうだよ、昔からよく行くんだ。だから遙花の好きなパンもあるよ」
「それは覚えないとですね!」
大地さんと一緒にパン屋さんへ向かう。
天沢家から10分程歩いたところにある、オープン前から既に数人が並んでいる人のいる人気のお店だった。
「お、先生! おはようございます」
「おはよう。今日も繁盛しているね」
「お陰様で。ん? そちらさんは?」
「自慢の息子だよ」
パン屋の店員さんと大地さんは親しいようで、店に入ってすぐに大地さんは声をかけられていた。
そして僕に気付いて気にかけてくれたんだけど、息子と紹介されるのは流石にちょっと恥ずかしい……と、思っていると、
「息子さん? あっ、もしかして遙花ちゃんの?」
と、パン屋さんは聞いてきた。
「っ! あ、あぁ、そうなんだ」
「遙花ちゃん、帰って来たんですね! それも旦那さんを連れてですか〜」
「まだ、旦那じゃないです……」
「まだなだけでしょ〜? 良い色男だね〜」
「あはは……」
「あら、遙花ちゃんの彼氏さんなのねー」
「遙花ちゃん帰ってきてるの? 良かったですね」
「あぁ、ありがとう」
パン屋さんの声がよく響いたからか、店内にいた他のお客さん達にも声をかけられた。
ご近所さんだからだろうけど、このお客さん達の殆どが天沢家の事を知っているようで、皆が遙花が帰ってきた事を喜んでいる。
どこから帰ってきたのか、そもそもどこに行っていたのかという事を誰も発言しないあたり、そういう事に違和感を持たないようになっているんだろう。
「驚いたよ、急に遙花の名前を出されたからね」
「全員に遙花の記憶を戻して、これまでいなかった事を誰も気にしないようにしてくれたんだと思います」
「本当に凄いね、あの子達は……」
「そうですね」
僕が遙花の記憶を消されていた時、明らかな違和感はたくさんあったのに、僕はそれに気づけなかった。
いや、気付いても気にしていなかったという方が正しいか。
それも僕の場合は遙花の力が弱かったはずなのに気づけなかったんだ。
だから今会った人達は、確実に遙花が何処から帰ってきたのかを気にする事はないんだろう。
「ただいまー」
「ただいまです」
天沢家に帰ってきた。
少し照れ臭く思いながらも、この家で"ただいま"という言葉を発すると、
「お父さん、圭、おはようございます。あと、おかえりなさい」
と、遙花が笑って迎えてくれた。
可愛い髪型に可愛い服で……可愛いな。
「遙花、おはよう。それから、ただいまだね」
「おはよう。遙花が好きなパンを買ってきたんだよ」
「ありがとうございます」
「それにお義父さんが、パン屋さんに僕の事を紹介してくれてね……」
「しっかりと新しい息子だと紹介してきたよ」
「あらあら、ふふっ」
楽しそうな大地さんと陽茉梨さん、そして遙花。
かなり恥ずかしい事がずっと続いているんだけど、こうしてこの家族の一員となっている事を改めて嬉しく思った。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




