大切な花
ハルさん視点です。
恥ずかしい事もありましたが、楽しく夜ご飯を食べ終わりました。
片付けを手伝って、少し落ち着いたところで、圭が瑞樹家へと電話をかけてくれて……
「お兄ちゃん! 遅いよ! もうちょっとでこっちからかけるところだったよ!」
「はは、ごめんごめん。色々話してたから」
「だろうね、だから邪魔になっちゃうかと思って待ってた!」
圭は携帯をスピーカーにしてくれているので、元気な珠鈴ちゃんの声がリビングに響きました。
買い物中に急に抜けてしまいましたし、申し訳なかったです。
「珠鈴ちゃん、ご迷惑おかけして……」
「ハル姉? 迷惑とか思わなくていいから! とりあえずは言わせて! 良かったね!」
「はい! ありがとうございます!」
先に純連さんから事情を聞いていたんでしょうね。
珠鈴ちゃんが心の底から喜んでくれている事が伝わってきます。
「もう絶対に1人で抱え込んだりしたらダメだからね! ちゃんと皆に相談してから行動するんだよ? 分かってる?」
「わ、分かってます。ちゃんと圭に……」
「圭? 圭かぁ〜うん、いいね!」
「あ、その……」
「お兄ちゃんは何て呼んでるのー?」
「……」
「お兄ちゃーん?」
「は、遙花って……」
「いいねー! ハル姉? 大切な名前なんだし、もうハルしかないなんて、絶対に思わないようにね!」
「……はい」
そういえば、珠鈴ちゃんには真名の話をした時にそんな事を言いましたね。
大切な名前……そうですね、私はこの名前をまた名乗ってもいいんですね。
いえ、きっとずっと名乗って良かったんです。
私が1人で勝手に名乗れないのだと思っていただけで……
「ハル姉?」
「遙花?」
「あ、すみません……ちょっと考え事を」
「何考えてたのー? 変な事じゃないよねー?」
「変な事、といいますか……その、改めて私が"遙花"である事を喜んでいただけです。ずっと私は、この大切な"花"を失っていましたから……あっ、私が勝手に失っていただけなんですけどね!」
私が変な反応をしたからか、圭と珠鈴ちゃんに心配されてしまいました。
しかも、私が変な事を考えていないかという確認まで……
確かにずっと勘違いをしていたのは事実なのですが、私はそんなにも信用がないのでしょうか?
まぁ、ないですよね……と、1人問答をしつつ、今の変な反応に対する弁明をしていると、
「遙花? "大切な花"って?」
と、急にお父さんから声をかけられました。
「それはもちろん、お父さんが付けて下さった、この"遙花"という名前の漢字の事ですよ? 特に花という字には、お父さんもたくさんの意味を込めて下さいましたし、私の事を桜だと称してくれたじゃないですか。だからとても大切なんです」
「それならどうして、登録名を"ハル"にしたんだい?」
「え? お父さんが付けてくれたこの名前が好きだからです。あまり変えたくなくて……」
お父さんはどうしたのでしょう?
昔にもそう説明した事があったと思うのですが、忘れてしまったんでしょうか?
……そんな訳ないですよね? さっき記憶が戻ったばかりなんですから。
「えっと、ごめんな遙花。どうして好きで気に入っている名前を変えたくなくて、大切な花の字である"か"を削ったんだい? 大切で変えたくなかったのなら、登録は"花"でも良かったはずだろう?」
「ん? 大切で変えたくないから、"ハル"にしたんですよ?」
何故かお父さんと話が噛み合いません。
これはどういう……?
「あのー! 家族の話に口を割ってごめんなさい! 多分ですけど、ハル姉の名前に対する価値観が違うんだと思います!」
「珠鈴ちゃん?」
「どういう事か説明してもらえるかな?」
「ハル姉にとって、名前……真名を知られるのは危険な事なんです! だったよね? ハル姉」
「そうですね」
「大切で守りたいものを危険に晒したくはない。でも出来るだけ普段から呼んでもらえる名前に近いものにしたい。だからハル姉は登録名を"ハル"にしたんだと思います」
そうです。
珠鈴ちゃんの言う通りですが、お父さんはどういう解釈を?
「でね、ハル姉」
「はい」
「大切な名前を変えたくないなら、大切なものを残すものでしょ?」
「はい?」
「お兄ちゃんが作ったロールキャベツと、スーパーのお惣菜のロールキャベツ。どっちかを誰かに譲らないといけないなら、手元にお兄ちゃんが作ったロールキャベツを残すでしょ?」
「は、はい……」
ちょっと状況がよく分かりませんが、その2択で片方を失わないといけないのなら、確かに圭の作ったロールキャベツを残すと思います。
「つまりね、大切なものが残ったものなの」
「……あっ!」
「分かった? 大切な名前だから変えたくないって言われて"花"が残ってなかったら、花はどうでも良かった感じになるの。いや、どうでもいいは言い過ぎか……」
「珠鈴ちゃん、ありがとうございます! そういう事だったんですね!」
道理でお父さんと話が噛み合わなかったんですね。
……ん? という事は、お父さんはずっと私が"花"を大切にしていないと思っていたのでしょうか?
「あの、お父さん……ごめんなさいっ! 私の説明不足でした」
「いや、いいんだ。よく分かったよ……そうか、遙花はずっと花を大切に思ってくれていたんだね」
お父さんは優しく笑って、また頭を撫でてくれました。
いくら強い闇だったからといっても、精神が弱っている人でなければ闇は取り憑く事が出来ません。
それなのに何故お父さんが闇に取り憑かれてしまったのか、そんなにも私の存在が心労に繋がってしまっていたのかと思っていましたが、きっとこういう擦れ違いから悩ませてしまう事が多かったからなんですね……
「珠鈴ちゃん、だったね。本当にありがとう」
「珠鈴ちゃん、私からもお礼を言わせて頂戴。それから、電話で冷たい態度をとってしまってごめんなさい」
「とんでもないです! こちらこそ、変な電話をかけちゃってごめんなさい!」
「とりあえず珠鈴、遊びに来いよ!」
「えっと、涼真さんですよね!」
「おう! 俺の事は涼兄と呼べ! 敬語もいらん!」
「涼兄! 明日、遊びに行ってもいい?」
「いいぞー」
「わーい!」
「珠鈴、そんないきなり……」
「お兄ちゃん、涼兄がいいって言ってるんだからいいんだよー」
「そうだそうだ。珠鈴は圭と違ってノリいいな!」
「でしょー?」
少ししんみりとしてしまっていたのですが、珠鈴ちゃんの明るさが吹き飛ばしてくれましたね。
明日珠鈴ちゃんがこっちに遊びに来てくれる事が決まったみたいですし、私もとても楽しみです!
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




