呼び方
ハルさん視点です。
「はーい! 今日の夜ご飯は、ロールキャベツよ! もちろんキャベツは瑞樹野菜さんのものなの!」
「え? 圭君、野菜も持ってきていたんですね」
「いえ、これは陽茉梨さんが買っていたものですよ」
「瑞樹野菜さんにはお世話になってるわ!」
「今後は送らせていただきますので、必要な青果があれば言って下さいね」
「そういうのはいいわよ」
「そうだね。ちゃんと買わせてもらうよ」
「俺はトマトが好きだ」
「ちょっと涼真」
「いいんだって! 圭も送りたいんだもんな」
「はい。ではキャベツとトマトは定期的に送らせてもらいますね」
夜ご飯にとお母さんが作ってくれた料理は、瑞樹野菜がたくさん使われていました。
圭君が持ってきたものかと思ったのですが、そういう訳ではないみたいです。
お世話になっているというのですから、以前から瑞樹野菜を利用していたんでしょう。
幼い頃にお母さんが言っていた、"とても美味しいお野菜を作ってくれているところ"というのが、瑞樹野菜だったんですね。
「私は圭君に昔からお世話になっていたんですね」
「昔から?」
「お母さんが使っていた野菜は瑞樹野菜だったんです。圭君は幼い頃からお家の手伝いもしていたんですし、圭君が育てた野菜を私が食べていた可能性もあるじゃないですか」
「あぁ、そうですね! そうだったら嬉しいです」
「ははっ、仲が良いようで何よりだ」
私と圭君の様子に、お父さんは優しく笑ってくれています。
……本当に、これは夢ではないんですね。
「ハルさん?」
「圭君……圭君には何とお礼を言えばいいのか分かりません。お世話になり過ぎてしまいました」
「そんな事気にしなくていいんですよ。大切な人の為になりたいと思うのは、当たり前の事なんですから」
「そうですね。だから、圭君も何でも言って下さいね? 私に出来る事でしたら、何でもしますから」
「ハルさんは何でも出来てしまいますからね、それはお気持ちだけ……あ」
「どうしました?」
発言の内容からして、私から求めるような事をしないと言おうとしていたんだと思いますが、圭君は何かを思いついたように言葉を止めて、
「やっぱり、ハルさんにお願いしてもいいですか?」
と、少しはにかみながら言ってきました。
その圭君の可愛さには、どんなお願いでも聞いてあげたくなってしまいますね。
もちろん最初からどんなお願いでも絶対に叶える所存ですが。
「何ですか? 何でもいいんですよ?」
「あの……」
「はいっ!」
「ぼ、僕も、"遙花"って呼んでもいいですか?」
「え? 当たり前じゃないですか! 圭君の呼びたいように呼んでいいんですよ?」
「敬語も無しにしても?」
「圭君の喋りやすいようにしてもらって構いません!」
そんな事、わざわざお願いしなくてもいいのに。
まぁ、そういう律儀なところも圭君らしいと言えば圭君らしいのですが。
「ありがとう、遙花」
「……」
「て、照れるね……?」
「そ、そうですね……」
いいと言っておいてなんですが、今までと違う呼び方をされるというのは、なかなかに恥ずかしいものがありますね。
敬語だと少し距離があった感じもしていましたし……あっ!
「あの、私の喋り方はですね!」
「うん。それは遙花の喋りやすいようにしてもらっていいよ。遙花らしいなって思うだけだから」
「そうですか、それならよかったです!」
私はこの中途半端な敬語が喋りやすいんですよね。
ずっとこんな感じで話してきましたから。
圭君が距離を感じていないのならよかったです。
「でも僕を呼ぶ時の君付けは無しにできない?」
「圭、ですか?」
「うん……やっぱり照れるね」
「そうですね……」
ただ名前を呼んだだけなんですがね?
なんかこう、慣れない感じが……
きっと、これから慣れていくんでしょうけれど。
「なーなー、それなら俺の事は"涼兄"と呼んでもらおうか? もちろん敬語は無しだ!」
「りょ、涼兄さん?」
「さんも無し!」
「涼兄……」
「よろしくな、圭!」
「よろしくお願い……」
「あ?」
「よ、よろしく……」
「おう!」
涼真兄さんは有無を言わさずという様子で圭君……いえ、圭に呼び方の指定をしています。
圭、圭……
心の中で呼んでいるだけでも照れてしまいますね。
「じゃあ僕は"お義父さん"と呼んでもらおうかな」
「私は"お義母さん"ね!」
「えっ!」
「嫌かい?」
「い、嫌って事は……」
「あれだろ? "お前にそんな呼び方をされる筋合いはないっ!"みたいなのを気にしてるんだろ?」
「その……僕はまだ、ただの彼氏ですし……」
「そんな事は気にしなくていいんだよ。僕達の方から筋合いを持ちたくてしょうがないんだから」
「ありがとうございます! お義父さん、お義母さん」
「こんなにも素敵な子が息子になってくれて嬉しいよ」
「そうね!」
私が内心で照れている間に、圭はお父さんとお母さんからも照れさせられていました。
私の両親が圭の親にもなっていて……
なんか、凄く微笑ましい光景です。
「遙花? あなたも純連さんの事を"お義母さん"と呼ぶのよ?」
「えっと……」
「そうだね。圭君のお父さんのお名前は?」
「健介です」
「じゃあ健介さんが、遙花にとってのもう1人のお義父さんだね。今度お義父さんと呼んであげるんだよ。きっと僕みたいに喜んでくれるだろうから」
「は、はい……」
圭を見ていて微笑ましいと思えた光景は、私にも当てはまる事でした。
先程から恥ずかしさ続きですが、こういう温かい恥ずかしさはいいですよね。
これからもこんな日々が続いて行くんですね……圭と共に。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




