ただいま
圭君視点です。
またしても突発的にハルさんを抱き締めてしまったんだけど、そんな僕の腕の中で、ハルさんはどんどん力が抜けていくように弱々しくなった。
僕を抱きしめ返そうとしてくれていた手も、滑り落ちていくし、僕に体を預けていないと倒れてしまいそうになっている。
「ハルさん!? 大丈夫ですか?」
「はい……本当に、ごめん……なさい……たくさん、迷惑を……」
「迷惑なんて、全くかけられていませんよ!」
「ですが……」
「遙花、僕達は確かに遙花と共にいる事を望んでいたし、遙花が僕達から記憶を消して去ってしまった事を悲しく思っている」
「……」
「でもね? だからと言って今までの時間が不幸だったという訳ではないんだよ?」
「え……」
大地さんはハルさんの頭を撫でてあげながらそう言った。
その言葉に、ハルさんは少し困惑しているみたいだ。
「僕達が楽しく幸せな毎日を過ごせていたのは、遙花が僕達を守ってくれていたからこそなんだ」
「そうね。その幸せな日々を遙花とも過ごしたかったという思いもあるけれど、遙花が守ってくれていた大切な時間に後悔はないわ」
「だからな、遙花。お前がしてきた事は無駄なんかじゃないし、お前は俺達の時間を台無しになんてしてないんだぞ」
「……」
ハルさんは僕に身を任せながらではあるけれど、皆さんの方を向いて話を聞いている。
ハルさんのこれまでの努力のお陰で、皆さんがどれだけ幸せだったのかという話を。
「それに、本当に情けない話だとは思うけれど、あの記憶が消されていなかったら、僕はきっとこの勇気を出すまでにもっともっと時間がかかったと思うよ」
「そうだな、俺も父さんを受け入れられなかったと思う」
「私も怖がってばかりだったわ」
「それは私も思いますね。先程圭さんも仰られていましたが、急に恐怖のドン底に落とされるのと、勇気を持って恐怖と戦いに行くのは当然違います。それを考えれば、あの頃の皆さんが恐怖に打ち勝つ事が出来るようになるまでには、相当な時間を有した事でしょうから」
ミオさんも僕達に近づいてきてくれた。
ハルさんが記憶を消して出ていってしまっていたという事実が、今皆さんが恐怖に打ち勝つ為の力に変わった事は間違いない。
大切な娘に、妹に、またそんな重荷を背負わせる訳にはいかないという思いが、勇気を引き出す強い力になったはずだから。
「そう、なんですね……」
「遙花の選択を正しかったのだと言う事は僕達には出来ないけれど、間違っていた訳じゃないんだ。だから今は、これだけ言わせてくれ……おかえり、遙花。長い間、僕達の為にありがとう」
「おかえりなさい、遙花」
「おかえり。また一緒に遊ぼうな」
皆さんからの温かい笑顔に、
「はいっ……た、ただいまですっ!」
と、ハルさんは笑顔を返して、そのまま意識を失ってしまった……
「「「遙花っ!」」」
「大丈夫ですよ。生命力が消費された反動で眠られただけですから」
「せ、生命力が消費……」
「ご心配には及びません。食事や睡眠で回復するものです。とはいえ、一応私の力で回復しておきますね」
「ありがとうございます」
ミオさんがハルさんに手をかざすと、ハルさんのまわりに光の粒子が現れて、消えていった。
ハルさんは変わらず眠ったままだけど、心做しか表情が和らいだようにも思える。
「それにしても、まさか本当に闇堕ちを止められるとは……」
「ハルさんが闇堕ちしないと信じていたんじゃないんですか?」
「もちろん信じていましたよ。ハル姉さんが闇なんかに負ける訳がありませんからね」
「じゃあ今の、闇堕ちを止められた事に驚いたような発言はなんですか?」
「感情論と確率論は当然違います。私はハル姉さんが闇堕ちしない事を信じていましたが、7割方闇堕ちするだろうと思っていました」
やっぱりそうか。
ミオさんのあの警戒のしようは、ハルさんが闇堕ちする可能性が高かったからこそだ。
あの時だって、五分五分だと言っていたし……
「ミオさん、まだ何か隠していますよね? 教えて下さい」
「えー、もう終わった事じゃないですかー」
「終わってませんよ。ハルさんに隠した方がいい事なのなら隠しますから、ちゃんと話して下さい」
「仕方ないですねー」
若干ふざけたような態度だったミオさんは、急に人が変わったかのように真面目な雰囲気になって、
「実を言いますと、ハル姉さんには"闇の種"のようなものが埋め込まれてしまっていたんですよ」
と、深刻な面持ちで教えてくれた。
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