元凶
ハルさん視点です。
お父さんはあんなにも私を恐れていたというのに、優しく温かい手で頭を撫でてくれました。
恐ろしい記憶が返ってきてすぐで、そんな事が出来るはずがありません。
だから相当に無理をしているのだと思ったのですが、そんな感じでもなくて……?
「遙花。僕は遙花を恐れていた訳でも、遙花の特別な事情に巻き込まれる事を恐れていた訳でもないよ。ただ、あの時の感覚が消えていなくて、また僕が遙花を傷つけてしまったらと思ったから、それが怖かっただけなんだ」
「私を傷つける……? それの、何が怖いんですか? 私の自然治癒能力が高いという話はしてあったはず……」
私を傷つけるのが怖かったなんていう、わけの分からない事を言うお父さんに、自然治癒能力の高い私に対して何故それを怖がる必要があるのかという疑問を呈すると、
「そんな事は関係ないんだよっ!」
と、大きな声で私の発言が静止されました。
お父さんがこんな大声を出すだなんて……
「えっ……」
「遙花は、傷が治るのなら、相手を傷つけてもいいと思うのかい?」
「それは違いますけど……」
「今遙花が言ったのはそういう事だよ? 遙花の傷はすぐに治るんだから、遙花が傷つく事を気にする必要はないと言ったんだよ? その考え方は、本当に正しいのかな?」
「……いえ、その……ごめんなさい」
「うん。分かってくれればいいよ」
……お父さんの言う通りですね。
私はなんて愚かな考え方をしていたのでしょうか。
ミオ達が傷つく事をあれだけ怒ってきていたというのに、自分の事に対しては考えれていなかったんですね。
何とも情けない限りです。
「あの時、遙花が何を思っていたのかを、ちゃんと教えてくれないかい?」
「わ、私は……」
「僕が遙花を恐れていると思っていたんだよね?」
「……はい。違ったんですね……?」
「あぁ、全くもって違うよ。だからきっと、他にも違う事があるよ?」
「お、お母さんは……いつも、泣いていました。あれは……あんな恐ろしい事がまた起きたらと怯えていたのですよね?」
「それは、そうね。でも、私が怯えていたのは、そうして遙花や涼真、そしてお父さんを失ってしまうのが怖かったからよ。決して遙花と離れたかった訳じゃないわ!」
「……りょ、涼真兄さんが……暴れていたのは……?」
「そうか、遙花には俺が恐怖に狂って暴れているように見えたのか……ごめんな、あれは今度あんなのが襲ってきたら、俺がやっつけられるようにって鍛えてたんだ。遙花を、父さんと母さんを守る為にな」
お父さんが恐れていたのは、私の存在そのものではなく、私を傷つけてしまう事……
お母さんが怯えていたのは、闇に対してではなく、私達を失ってしまう事……
そして涼真兄さんは、恐怖に暴れていた訳ではなく、恐怖に打ち勝つ為の努力をしていたと……
本当に、全部私の勘違いだったんですね……
「僕達は誰も、遙花と離れる事なんて望んでいなかったんだよ?」
「そう、だったんですね……本当に、圭君の言う通りでした。誰も私を拒絶したりはしていなくて……」
「そうですよ」
ずっと私達を見守ってくれていた圭君が、優しく笑いかけてくれました。
圭君は、私が勘違いをしていると、私達が少しすれ違ってしまっただけなのだと言ってくれていましたからね。
例え家族だろうと、言葉にして伝えなければいけないというのは、私が圭君に言った事だったのに、私は話し合いもせずに1人で勘違いをしたまま出て行ってしまって……
「お、父さん?」
「ごめんな、遙花……遙花が本当に辛い時に、何の力にもなってあげられなかった……」
「いえ、それは……」
再度私を撫でてくれたお父さんの手が、先程とは少し違ったので疑問に思うと、お父さんはとても悲しそうな顔をしていました。
私が辛い時にというのは……おそらくお父さんは分かってしまったのですね。
ユズリハ様の事が……
もしユズリハ様が生きておられたのなら、あの時の私を止めて下さっていたと思います。
その選択は愚かだと、諭して下さって……
「君も、あの時の子だったんだね?」
「……まぁ、そうですね」
「あ、あの? お父さんとミオは知り合いだったんですか?」
「ん? あぁ、そうだね。知り合いという程ではないんだが、ミオさんは僕を応援に来てくれたんだ」
「……え?」
「このままだと良くないと教えてくれて、僕に心を強く持つようにと助言してくれた」
「そんな事もしましたね……」
「そ、そうだった、んですか……」
お父さんがミオに向き直り、ミオに当時の話をしています。
私は知りませんでしたが、ミオはあの当時から、お父さんの事を応援してくれていたんですね。
……ん? つまりはあの時、お父さんは必死に頑張っていたという事ですよね?
恐怖に打ち勝ち、再び私達4人で笑い合う日を目指して。
それなのに私は、その努力を台無しにする選択をした……?
あの時の私は、それが皆の為だと思ったんです。
でもその考えは間違っていました。
だったら、私は何の為にこんな事をしたのでしょうか?
一体私の行動が、誰の為になったというのでしょうか?
こんなにも私を愛してくれていたというのに、私はその愛する娘の存在を奪い、それを取り戻させようとしてくれていた皆を否定し、自分勝手な行動ばかり……
誰も傷つかないように、皆が笑っていられるようにって、頑張ってきたはずだったのに……
皆を苦しめていた一番の元凶は、私だったんですね……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




