懐旧
ハルさん視点です。
メモリアが記憶の光を弾けさせると、
「ん……あ、あぁ……」
「ハ、ハル……ハルカ?」
「はるかっ! 遙花なのね!」
と、お父さんもお母さんも涼真兄さんも、私を見て驚いていました。
そしてお母さんはすぐに私を抱きしめに来てくれて……
そんな中でも、どうして膨大な記憶が返ってきたはずなのに、3人共倒れていないんだろうか? あ、ミオが時間を操作したからか……とか考えていられるあたり、私はまだ冷静でいられているのでしょう。
冷静だからこそ、自分のその行動が現実逃避なのだとは分かっているのですが……
「あぁっ! 遙花! はるかぁぁあ!」
「……こんな私を、まだその名で呼んで下さるのですね……」
「当たり前じゃないっ! 遙花は遙花なんだものっ!」
"遙花"。
とても懐かしい名前です。
私が失ってしまった、大切な……
こんな私に、その名を名乗る資格はないというのに、お母さんは私を遙花と呼んでくれました。
私に抱きついて泣きじゃくるお母さんに、私はどう対応するのが正解なのかが分かりません。
「遙花……父さんと母さんに内緒の話は、全部俺に言うようにって言ってあっただろ?」
「……涼真、兄さん……」
「そうだ。俺はお前の兄ちゃんなんだぞ? 親に内緒はあってもいいが、兄ちゃんに内緒なんてな、ダメなんだから……」
「でも……」
「でもじゃないっ! 全く……勝手に出て行ったりして……」
涼真兄さんが苦しそうに顔を歪めながら、私の頭を撫でてくれました。
涼真兄さんに撫でてもらえる事はよくありましたが、この感覚は初めてですね。
当たり前の事ですが、涼真兄さんの手は私が知るものよりも大きくなりましたから。
でも、撫でてくれる手から伝わる優しさは、とても懐かしく感じます。
そんな私の元に、
「遙花……」
と、お父さんも近づいてきました。
恐る恐る、私を恐がりながら……
闇に取り憑かれた過去を思い出してしまったお父さんにとって、闇という恐ろしい存在を招く私は、恐怖の対象でしかないでしょうに……
「一体いつの間に、こんな不良娘になってしまったんだ? 言ってあったはずだよ? 門限は17時だから、過ぎるのなら先に連絡をするようにって。それなのに、こんなに遅く帰ってきて……」
「……えっと、あの、それは……」
「言い訳は後で聞くから。とりあえずはお説教からだよ?」
「お、お説教……?」
「遙花……」
お父さんは私に笑いかけてくれました。
その優しい笑顔は、もう私に向けられる事がないはずのもので……
しかもお父さんは、私に触れようと手を伸ばしてきたんです。
あれだけ恐れていた私に触れるなんて事、しなくていいのに……
無理をしてまで私に触れようとしているお父さんからは、私から離れるべきなのでしょうが、お母さんが縋り付くように抱き締めてくれているので、身動きが取れません……
このままでは、本当にお父さんがっ!
ふわっ……
「っ……お、おと……さ、ん?」
「あぁ……」
どうするべきかと狼狽えていたせいで、遂にお父さんの手は私に触れてしまいました。
ですがその優しい手は、私が思っていたような恐怖に震えたものではなくて、とても温かいもので……
「だ、大丈夫……なんですか? 私に、触れて……」
「もちろんだ」
「むっ、無理しないで下さい! 私は、その……おと……いえ、大地さんを困らせたい訳じゃなくて……」
「遙花」
「は、はい……?」
「怒るよ?」
「お、怒る?」
「どうして今、"お父さん"を"大地さん"に言い換えたのかな?」
「それは……私に、そう呼ぶ資格なんて……」
「勝手に資格を失わないでくれ」
お父さんがこんな風に私に触れられるだなんて……
私が頑張ってほしいなんてお願いをしたから、無理をしてくれているに決まっています。
だから離れようとしているのに、お母さんと涼真兄さんはそれを許してくれませんし、"お父さん"と呼ぶ事を許してくれているみたいです……?
私は恐怖の対象であるというのに……?
「で、でも……私は、皆さんに恐怖を与える存在なんですよ……?」
「誰が、そんな事を言った?」
「え?」
「いつ、僕達が遙花から恐怖を与えられているなんて言ったんだい?」
「だ、だって……おと、あ……大地さん……」
「お父さん」
「あ……はい、お父さん……その、お父さんは私を恐れていたじゃないですか。触れる事も出来ない程に震えて……」
あんなに震えていたのに、今私を撫でてくれているお父さんの手は堂々としたものです。
とても懐かしい、いつも私を撫でてくれていたあの温かい手そのものです。
それはまるで、本当に私の事を恐れてなんていないようで……
もし、もし本当にお父さんが私を恐れていないのなら、私はこの温もりに甘えてしまってもいいのでしょうか?
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




