応援
ハルさん視点です。
「じゃあ記憶をお返ししますね!」
「よろしくお願いします」
「だっ、だめですっ!」
「ハル姉さん……」
「あなた達は、何も分かってない! いいですか? この記憶が戻ると、あなた達は苦しむ事になるんですっ! その苦しみは、治療する事の出来ない心の苦しみです! 一生治る事のない病気なんですよっ!」
思わず大声で静止してしまいました。
一体どこに一生治らない病気になりたい人がいるというのでしょうか?
彼等は娘の事を忘れているだけど、自分達の記憶を甘く見過ぎています。
どれだけ恐ろしいのかを分かってもらわない限り、記憶を取り戻す事を諦めてくれそうにもありません。
そして、彼等が苦しむと分かっているはずの圭君もミオもメモリアも、私の幸せを考えてくれているんですよね。
私の事を一番に考えてくれているから、彼等に忘れられたままの私が可哀想だと嘆いて、彼等が苦しむ事を許容している……
その私への優しさは分からなくはありませんが、私はやっぱり、この人達に苦しんでほしくはないんです……
「大地さん、陽茉梨さん、涼真さん……ハルさんの言う通りです」
「「「え?」」」
「僕はさっき、皆さんとハルさんの間に何があったのかを聞きました。そして、そんな記憶は忘れていた方がいいと思いました」
「け、圭君……?」
「皆さんが今取り戻そうとしている過去の記憶は、本当に恐ろしいものです。一生癒える事のない傷を負う事になりますよ」
えっと……圭君は、私の味方なのでしょうか?
皆の記憶が戻らない方がいいと思って、記憶が戻る事が一生癒える事のない傷を負うのだと、彼等を説得しようとしてくれている?
いえ、だったら私をここに連れてくる事はなかったはず……?
「そうか、そんなに酷いのか……」
「そりゃあ気合を入れ直さないとな!」
「圭君、ありがとう」
「はい」
「……は?」
どうして……?
折角私よりも説得力のある圭君が苦しむのだと言ってくれたのに、何故まだ記憶を返してもらおうとするのでしょうか?
何故圭君は、彼等がその選択をすると分かっていたかのような、晴れやかな顔が出来るのでしょうか?
「ハルさん、一緒に皆さんを応援しましょう?」
「な、何を言って……」
「そんなに怯えなくても大丈夫です。怖いことなんてないですよ」
圭君は私を強く抱きしめてくれました。
その温もりに、今の自分がどれだけ冷えきっていたのかを実感します……
怯えなくていいと言われた意味がよく分かりますね。
きっと私は自分でも気付かない程に震えていたのでしょう。
「皆さんは、急に恐怖のドン底に落とされる訳じゃありません。勇気を持って、恐怖と戦いに行くんです。だから、一緒に応援しましょう?」
圭君が私の頭撫でてくれて、優しい言葉をかけてくれます。
確かに圭君の言う通り、彼等は自分が苦しむという覚悟を持っているのかもしれません。
あの時のように、急に恐怖が襲ってくるのとは違うかもしれません。
それでも……
「大切な家族からの応援というのは、何よりも強い力になると思いますよ?」
私の顔を覗き込んで笑ってくれた圭君。
"大切な家族からの応援"……それは、私に彼等を応援するようにと言ってくれているんですよね。
私は彼等が苦しむ事を望みません。
例え私を忘れていようとも、楽しく笑い合って暮らしてくれているのなら、それで十分だと思っています。
でも、それでも……
もし彼等が勇気を持って恐怖と戦ってくれるというのなら……
もし彼等が私を思い出した上で、その苦しみを乗り越えてくれるのなら……
全てを思い出しても尚、もう一度私を恐れる事のない笑顔で、私に笑いかけてくれる未来があるのなら……私は、私は……
「……って、頑張って下さい……」
私は、頑張ってほしいです……
頑張って恐怖を乗り越えてほしいです……
「あぁ、頑張るよ!」
「可愛い娘からのお願いだからね!」
「恐怖に必ず打ち勝ってみせるから、もう少しだけ待っていてくれ」
私の弱々しい応援とは真逆ともいえる笑顔で、私に応えてくれたお父さんとお母さんと涼真兄さん……
そして絶対に大丈夫だと、私を安心させるように肩を支えてくれる圭君……
そんな私達の様子を確認してから、
「では、いきますね!」
と、メモリアは記憶の光を一気に弾けさせました。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




