頑固者
圭君視点です。
「と、まぁこんな感じです。これで分かっていただけましたか?」
「……」
「だから嫌だったんです。圭君にそんな顔をさせたくはありませんでした……」
「っ、すみません……そんなに酷い顔をしていましたか?」
「今にも泣き出しそうな、とても苦しい顔に見えますよ」
「そうですか……」
ハルさんがどうして家族から記憶を消して出ていってしまったのか、天沢さん一家に何があったのかを聞いた。
覚悟はしていたつもりだったけど、やっぱり苦しいものがあるな。
まさかあの大地さんが、ハルさんを殺そうとしただなんて……
大地さんと会った事がなければ、ここまで苦しくは思わなかったかもしれない。
でも僕は既に大地さんの優しさを知ってしまっている。
だからこそ余計に思うんだ。
大切な娘を、自分が殺そうとしていたなんていう恐ろしさを、大地さんが受け入れられる訳はないと……
でも、ハルさんが大きな勘違いをしているという事も、忘れてはいけない。
「圭さん。今のお話を聞いて、お気持ちは変わりましたか?」
「……いえ、変わっていません。僕は変わらず、天沢家の皆さんがハルさんの事を思い出すべきだと思っています」
「な、なんでですか! もう一度拒絶されたりしたら、私は本当に闇堕ちしてしまうかもしれないですよ。例え闇堕ちした私を止められるのだとしても、それはあの方々に新たな恐怖を植え付けてしまうだけです。そんな事になれば、また記憶を消さなければいけなくなりますし、それならば最初から……」
「ハルさんっ! 大丈夫です、落ち着いてください。ご家族の皆さんは絶対にハルさんの事を拒絶したりなんてしませんから!」
「……え?」
ハルさんは、天沢家の皆さんからハルさんの記憶が消えている状態の方がいいのだと僕に分からせる為に話してくれたんだろう。
そして僕の反応から、僕がそれで納得したんだと思っていたみたいだ。
だから未だに記憶を返すべきだという僕に驚き、混乱している。
僕の心を読んでいるミオさんは、最初から僕の気持ちが変わっていない事は分かっていただろうけど。
「ハルさん。落ち着いて、よく聞いて下さい。ハルさんは勘違いをしているんです」
「私が、勘違い……?」
「天沢家の皆さんは、決してハルさんを拒絶したりなんてしていません。闇という存在を恐れ、そんな事情に巻き込まれる事に怯えてはいません」
「な、何を……言って……?」
「ハルさんと、本当に少しだけ、すれ違ってしまっただけなんですよ」
「……」
ハルさんは、家族の皆さんが闇と関わる事に対して恐怖し、ハルさんを疎ましく思っていると考えてしまっている。
大地さんはハルさんを怖がり、陽茉梨さんは泣き震え、涼真さんは暴れてしまっていたと……
でもこれは、どう考えてもそうじゃない。
「ハルさんが皆さんから記憶を消すと決めた時、ちゃんと話し合いましたか?」
「いえ、だってそれは……」
「ハルさんが僕に教えてくれた事ですよ? 例え家族だとしても、思っているだけじゃ伝わらないって。言葉にしないといけないんだって」
「あ、あの時は、そんな話なんて出来る状態じゃ……」
「本当にそうですか? ハルさんからの公園で遊びたいという誘いに、3人共乗ってくれていたのに……?」
「あ……」
ハルさんはかなりの頑固者だ。
一度こうすると決めてしまえば、それを確実に成し遂げてしまう。
それはハルさんの長所でもあり、短所だ。
「ちゃんと向き合って、話し合いませんか?」
「……」
「絶対に大丈夫だということは、僕が保証しますから」
「……」
こんな口先だけの言葉じゃなんの保証にもならないか。
だったら疑いようのない事実を伝えよう。
「3月27日産まれ、好きな食べ物はロールキャベツで、好きな色はコバルトブルー」
「……はい?」
「大地さん達、覚えていましたよ? 会った事もない、見た事もない人の事なのに、なんとなくそんな気がしたそうです」
「え……?」
「拒絶したいような相手の事を、覚えていると思いますか?」
「……いいえ、思いません」
「そうですよね、僕も思いません」
俯いてしまっているハルさんを抱きしめる。
そして、頭を撫でながら、
「ハルさん、一緒に天沢家に行きましょう?」
と、誘うと、
「……分かりました」
と、少し震えながら、僕の服をぎゅっと掴んで弱々しい返事をしてくれた。
ハルさんの不安を完全に拭えた訳ではないけど、これでハルさんと天沢家の皆さんに会ってもらう事は出来る。
あとは皆さんがこの辛い過去を思い出して、乗り越えるんだ。
本当に恐ろしい過去だし、思い出さない方が幸せなんじゃないかと思えない事もない。
でも、ハルさんと共にありたいのなら、これはちゃんと思い出して、向き合うべきだ。
そして僕は、あの皆さんなら確実に乗り越えられると信じている。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




