逃走
圭君視点です。
「それでは圭さん。そろそろハル姉さんから話を聞きに行きましょうか」
「そうですね……」
「不安ですか?」
「それはもちろん……でも、大丈夫です」
「圭君、何から何まで頼りきりになってしまってすまないね……ハルの事、よろしく頼むよ」
「はい」
「説得して、ここに連れて来てくれよ」
「頑張ります」
「私達には待っている事しか出来ないだなんて、もどかしいわね……」
「私が言うのもなんですが、圭はとてもよく出来た自慢の息子なんです。ですから、絶対に大丈夫ですよ」
「母さん、それプレッシャー……」
「私もここで天沢さん達と待っているから、頑張りなさいね」
「うん」
何があってご家族の皆さんからハルさんが離れていってしまったのかを、ハルさん本人に直接話してもらおうと思う。
僕が天沢さん達にハルさんの事を話したというこの現状を知れば、ハルさんはきっと話してくれるだろう。
そしてそのままハルさんを説得出来れば……そんなに上手くいくものだろうか?
そもそも、僕はハルさんに黙ってこれだけ勝手な事をしたんだから、ハルさんは怒ってしまうかもしれない。
怒るだけじゃなくて、嫌われたりしたらと思うと……
「大分不安そうですね。そんな調子では、説得出来るものも出来なくなってしまいますよ?」
「そうですよね。分かってはいるんですけど、いざとなると、やっぱりハルさんから少しでも嫌われるのが怖くて……」
「気休めにしかならないと思いますけど、私があの時圭さんを応援したのは、ハル姉さんが楽しそうだったからですよ」
「え? 楽しそうだった?」
「はい。何するのも楽しそうでしたよ。あと食事をよくとるようになりましたね。自作のお菓子配ったりとかもしてました」
「それは良かったです」
友人に手作りお菓子を渡して喜んでもらった話とかもしていたからな。
ミオさんがこう言うって事は、ハルさんの友人の皆さんもハルさんの事を心配していたんだろうし、嬉しそうに作ったお菓子をくれるハルさんを見て喜んでいたんだろう。
それに、僕のいないところでもちゃんと食事をするようになっていたというのは、嬉しい話だ。
「私はあのハル姉さんの変化を、圭さんのお蔭だと思っています。だからあの時も応援してみたんですよ」
「僕を信じて下さって、ありがとうございます」
「信じたのではなく、試したんです。あれでハル姉さんを思い出せないような人には、ハル姉さんを任せられませんからね。そして結果として、圭さんはハル姉さんを思い出してくれましたし、こうしてハル姉さんの為にハル姉さんと敵対する覚悟までされていますよね? だから私は今回も圭さんを応援しているんですよ」
「はい、とても心強いです」
一番警戒しないといけない闇堕ちに関して、僕は殆ど分からない。
でもそれは、ミオさんがいてくれるから心配ないと思う。
だからあとは僕の覚悟の問題で……ん?
「あの、ミオさん……?」
「はぁ……私は気休め程度に励ましてあげたかっただけなのですが、どうして圭さんはそうなんですか……」
「すみません。ちょっと気になってしまったものですから……」
今のミオさんからの励まし……
ミオさんは僕を応援してくれた理由を、ハルさんが楽しそうだったからだと言った。
それはつまり、以前語ってくれた僕を応援した理由、闇堕ちを防ぎたかったという話は嘘だったという事になる。
「別に嘘はついてませんよ。あれはあれで事実です。ただそこまで警戒してはいなかったというだけで」
「認められないのなら、認めなくていいですよ。僕が勝手に思っておきますから」
「全く、困ったものですね……」
あの時も僕は疑問に思ったんだ。
ミオさんが本当に闇堕ちを防ぐ事だけを考えていたのなら、最初から僕とハルさんから記憶を消せば良かっただけで、応援する必要なんてなかったって。
なんかそれらしい理由で誤魔化されてしまっていたけど、もう誤魔化されたりはしない。
「圭? さっきからなんの話をしてるんだ?」
「あ……えっと、これはあくまでも僕の推測でしかない話なんですけど、ミオさんは闇堕ちに関することを仕事としているように見せて、実は殆ど私情で動いている人だって事が分かったんです」
「私情で動いてる?」
「はい。ハルさん思いの、とても優しい人だって事ですよ」
「そうか」
「よかったよ。ハルのまわりに君のような子や圭君がいてくれて」
「本当にね。優しい子ばかりでよかったわ」
「改めて謝っとくよ。さっきの態度はごめんな? 優しい優しいミ〜オちゃん」
「馬鹿にしてます?」
散々誂われた仕返しとばかりに、涼真さんがミオさんを誂っている。
人を誂いなれているのだとしても、誂われなれてはいないようで、ミオさんはかなり動揺しているように見える。
「もうっ! この際なんでついでに言っておきますけど、ハル姉さんは皆さんに忘れられて辛くなかった訳じゃありませんからね!」
「え、急に何を……」
「さっきからあなた方は、辛いというマイナスな感情が溜まればハル姉さんが闇堕ちする、でも自分達に忘れられたのに闇堕ちしていないって事は、忘れられても辛くなかったからだとか、そんな事ばかり考えていますよね? いくら忘れさせたのが自分だとしても辛いはずなのにとか、闇堕ちしていて欲しい訳じゃないけどとか、そんな事ばっかり考えて!」
優しい優しいと褒められた事に照れてしまったのか、ミオさんは急に皆さんの今の心境を暴露し始めた。
僕を見送ってくれる裏側で、皆さんはそんな事を考えていたのか……
「大切な人に自分の存在を忘れられるのは悲しい事ですが、それで大切な人が幸せになってくれるなら良かったって思えるのがハル姉さんです!」
「お、おう……」
「圭さんの時だって、仮に圭さんがハル姉さんを思い出せなくってもハル姉さんは闇堕ちなんてしなかったと思いますし……」
「そ、そうなんですね」
「だから安心して待ってるといいですよ! さ、行きますよ、圭さん」
「はい。皆さん、行ってきますね!」
「「「「行ってらっしゃい」」」」
勢いで話し、勢いで空間を縦に割り、ミオさんは逃げるように歪んだ空間の中に入っていった。
だから僕も後を追って、母さんと皆さんに挨拶をしてから、歪んだ空間に足を踏み入れた。
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