重い蓋
圭君視点です。
「なぁ、圭はどうやってハルの事を思い出したんだ?」
「僕は気がついたら全部思い出していました……」
「そうか……」
ハルさんは皆さんの為に記憶は消しておくべきだと思っている。
でも皆さんにハルさんの記憶が戻れば、そんな考えは間違っているのだという否定が出来る。
だから皆さんにもハルさんの事を思い出して欲しいけど、僕の時の事は全然参考にならない。
何しろ僕があの時の事をちゃんと覚えてはいないんだから。
ベランダの戸に触れる時までは、あの白猫を白猫だと思っていたけど、そのあとはすぐにあの白猫がハルさんなのだと確信していた。
記憶が流れ込んで戻ってくるような感じとかは一切なく、最初から知っていた事のように……という事は?
「ハルさん達の記憶を消す力って、記憶を消している訳じゃないのかもしれません……」
「どういう意味だ?」
「その体から記憶を奪う、完全に消してしまうとかなら、思い出した時に記憶が戻ってくる感じがあると思うんです。でもそんな感覚はなかった……それなら、その体から記憶を奪っているのではなく、思い出せないように蓋をしているだけなんじゃないかと?」
「つまり僕達の体の中にハルの記憶は残っているという事だね! ハルが出ていってしまったのには、何か切っ掛けとなった出来事があったはずだ。それが何かさえ分かれば……」
「でも、いつの事なのかも分からないものね……」
「俺達は一体何年分の記憶を消されているんだ……」
幼い子供が、共に暮らしていたいと願う家族から離れなければならない状況……
僕の時のように何か危険な事に巻き込んでしまったからなんだろうけど、ハルさんはあそこまで頑なに皆さんと会おうとはしないんだから、僕には想像も出来ないような出来事があったんだろう。
それが何なのかが分かればいいけど、記憶を消されている皆さんが思い出せるはずもなくて……
「ハルさんがいつ出て行ってしまったのかは分かりませんが、少なくとも7歳くらいまでは皆さんと一緒に暮らしていたはずです」
「7歳?」
「はい。ハルさんは幼稚園は卒業しているそうで、中学とか高校は通っていないと言ってましたから」
「問題が起きたのはハルが小学生の間か……で、ハルは今何歳なんだ?」
「あ、それは分からないそうです……」
「本人が自分の年を覚えていないのかい?」
「はい」
「じゃあ、俺の姉なのか妹なのかも分かんないじゃないか……」
ハルさんが出て行った年が分かれば、何かが起きた年をある程度は絞れる。
そしてその年に何があったのかを探れれば、と思ったけどそう上手くはいかないな。
ハルさんの年齢が分からない以上、範囲が広すぎる……と、思っていると、
「あの……おそらくですが、ハルちゃんは涼真さんの妹だと思いますよ?」
と、母さんが言った。
「え、どうして?」
「前にね、珠鈴がお兄ちゃんの話で盛り上がったって言っていたのよ。その時のハルちゃんの様子が、"お兄ちゃんのいる妹あるある"に詳しかったらしいから」
「って事は、俺の妹の可能性が高いんだな。俺が今25だから、ハルはそれ以下だ」
「そうですね」
一応範囲は少し絞れたとはいえまだまだだ。
小学生は6年間もあるんだし……
「俺等が思い出せれば早いんだけどな……」
「そうだね……僕達は結局、ハルの事を何も思い出せていない。好きなものや誕生日だって、なんとなくそんな気がしたというだけで、それを喜ぶハルの姿も思い浮かばない」
「えぇ、ハルと呼んでいたのか、ハルちゃんと呼んでいたのかも分からないわ。それにどちらもしっくり来ないのよね……娘の呼び方1つも思い出せていないなんて……」
「ハルに会って、記憶を返してくれって直接頼んだら、返してくれると思うか?」
「いえ……」
ハルさんは結構頑固だし……
「あの? 呼び方についてなんですけど、もしかしたらハルとは呼んでいなかったんじゃないですかね?」
「どういう事ですか?」
「多分ですけど、名前が違うのではないかと?」
「ハルさんが偽名を名乗ってるって事?」
「ハルちゃんと固有名詞の話をしたと珠鈴が言っていたじゃない?」
「あ、そっか……」
嘘を嫌うハルさんが偽名を名乗るなんていうのはあり得ないと思ったけど、そういう事か。
嘘の名前を言っている訳ではなく、ハルさんは本当に自分の名前をハルだと思っているんだ。
皆さんから記憶を消し、皆さんに家族とは思ってもらえていないからと、"家族はいません"と言っていたのと同じで……
「なんだ、何の話だ?」
「ハルさんは、特別な仕事をする関係で名前を短くて呼びやすいもので登録しているそうなんです。その登録名がハルであり、本名も今はもうハルしかないのだと……」
「私達から記憶を消し、天沢とは名乗れなくなったから、登録名を自分の本名とした……という事ですね」
「だとしたら、ハルは渾名のようなものだった可能性が高いな。僕達は名前を呼んでいて、渾名では呼んでいなかったという事に……うぅ、くっ……」
「と、父さん!?」
「大丈夫ですか⁉」
ハルさんの名前について話していると、大地さんは急に苦しみ出した。
頭を抑えていて、顔色も悪い……
これが、記憶を思い出そうとする事で起こる症状なんだったら……
体の中に記憶が残っているのだとしても、そこにはとても重い蓋が被せられてしまっている。
そしてその蓋を無理矢理に外すというのは、とても危険な事なんだ。
僕の時みたいに先に僕が思い出してしまえばいいと思っていたけど、思い出さないように記憶にした辻褄合わせと、実際の記憶とで混乱してしまうかもしれないとハルさんは言っていたし、皆さんに苦しんで欲しくなんてない。
思い出してもらうというのは、やめた方が良さそうだ……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




