家出
圭君視点です。
ずっと退屈そうにしていた康司君の弟君は、今はとても楽しそうに笑っている。
その様子に康司君のお母さんはかなり狼狽えていて……
「家出かぁ……まぁ悪くねぇわな。一番いいのは瑞樹に見栄っ張り野郎をクビにしてもらう事なんだろうけど、瑞樹は優し過ぎてそれもやらねぇだろうし」
「何? 兄貴も家出する気になった? もしするんなら、僕達で見栄っ張り野郎に利用されるのはもう嫌だから家出したって広めるのがいいと思うな」
「確かに。それなら俺が瑞樹と仲良くても、自慢には出来ねぇし」
康司君と弟君は、家出をするという話で盛り上がっている。
自分達が家出をする事で、お母さんの見栄に付き合わされる事をなくそうという事なんだろうけど、家出というのはあまりよくない気がする。
それは逃げだと思うから……
こういう問題は、逃げずにちゃんと向き合うべきだ。
「あなた達ねぇ! 簡単に家出だなんて言うけど、2人だけどうやって生活していくつもりなの!? あなた達はまだ学生なのよ!」
「学生だろうがなんだよ! 別に働ける歳だし、家事だって出来る。もう子供じゃねぇんだからな!」
「まぁジリ貧で貧乏生活にはなるだろうけどさ、母さんの装飾品生活でいるよりはマシだよね」
「何を……だったらもう、勝手すればいいじゃないっ!」
「ああ! 勝手にしてやるよ!」
言い合いが苛烈して、喧嘩別れになってしまっている。
このままなのは絶対によくない。
なんとかしないと、でもどうしたら……と、僕も狼狽えていると、
「ふざけた事を言わないで下さいっ!」
と、ハルさんが声を荒らげた。
その声に驚いて、この場から離れようとしていた康司君のお母さんも止まってくれた。
「あ、あなた……まだ私に何か言いたいの?」
「確かに言いたい事は山のようにありますが、今はとりあえずいいです。それより問題なのは康司さんっ!」
「はいっ!」
「お母様に向かってなんという言い草ですか!」
「だ、だってアイツは本当に見栄っ張り野郎で……」
「見栄っ張り野郎というのはどうでもいいですが、あの態度はいただけません! あなたもですよ! 簡単に家出だなんて言って……」
やっぱりハルさんも家出というのを良く思っていなかったみたいだ。
ハルさんに怒られるという事はまだトラウマだったようで、康司君は一気に大人しくなったし、弟君も驚きで言葉を失っている。
まさか自分達の方が怒られるとは思っていなかっただろうし。
「家を出るというのは、そんなに簡単な事ではありません。ましてやあなた方は親御さんと絶縁する勢いではありませんか」
「あ、当たり前だろ! こんな奴等に頼っていたら、自分が腐るんだから!」
「ではあなたは今、腐っているのですか?」
「なっ!」
「今の今まで、あなたの言うこんな奴に頼って生きて来られていたんですよね?」
「だからっ、これ以上一緒にいたらって意味で……」
「今のあなたが腐っていないというのなら、あなたが腐らないようにと育ててくれたのは、ご両親ですよね? 今まで散々お世話になった相手に対し、そんな失礼が許されると思っているのですか?」
「うぅ……」
ハルさんに言い返していた弟君は、ハルさんに論破されて言い返せなくなった。
そんなハルさんを、目を見開いて見ている康司君のお母さん……
「康司さんもですよ! 今ご自分でおっしゃいましたよね? もう子供じゃないのだからと……」
「は、はい……」
「それはつまり、子供の時は親御さんに頼っていないといけなかったということですね?」
「そうなります……」
「でしたら、これまで育てて頂いた事への恩を忘れてはいけませんよね?」
「……」
もう親に頼りたくない、1人で挑戦してみたいからと家を出る事と家出は違う。
家出はただの逃げだ。
僕がしたのもただの逃げだった。
でも僕の場合は、母さんからの連絡や野菜の差し入れがあって、家を出てはいても母さん達が繋がりを持ってくれていた。
そのお蔭で今があると思ってる。
康司君達は、このままだと大切な繋がりも失ってしまう。
それはやっぱりダメと思う。
「康司君、1人暮らしって結構大変だよ? 家事が出来るって言っても、やらないといけない事は家事だけじゃない。いくら弟君と2人とはいえ、相当大変だと思うな」
「瑞樹……」
「お母さんの見栄っ張りを治したいんだったらさ、2人でお母さんを養ってあげる方がいいよ。それこそ家を出て、自分達だけでちゃんとやっていけるようになって、さらに親への仕送りが出来るようになったりしてね」
親への仕送りをしているんだから、大切な繋がりを失う事はない。
その上、親を養っているというのを広めれば、親御さんも見栄というのを張れなくなる。
例えブランド物を着こなしたところで、子供に養ってもらいながら着ていて恥ずかしくないのかって噂になるだけだから。
でも、今の康司君達に、それは出来ないだろう。
勢いに任せて言い合っただけで、実際にそれだけの力はないんだから……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




