失礼
ハルさん視点です。
「康司! あなた瑞樹さんのとこの子はどうしたの!」
「か、母さん……」
「あなたはまたそうやって……私達の仕事を台無しにするつもり? ちゃんとしなさいっていつも言ってるでしょう!」
康司さんのお母様は、麗華さんを無視するように康司さんに詰め寄ると、怒り始めました。
麗華さんはその様子に顔をしかめています。
「その、母さん……瑞樹は……」
「また麗華ちゃんなの? 麗華ちゃんが大切なのは分かるけど、優先順位を考えなさい。麗華ちゃんとはまたいつでも会えるでしょう。でもあの瑞樹さんとこの子は、今たまたま帰省しているだけなのよ?」
「だ、だから……」
「中学の時は失敗したとしても、まだちゃんとチャンスはあるんだから。あの子は変わらず友達もいないんだし、康司が友達にならないでどうするの!」
……なんというか、突っ込みどころ満載です。
まず、圭君は今ここにいます。
まぁ見慣れない格好なので、圭君には見えなかったのだと思いますが……
そして麗華さんにも失礼ですね。
さっきの発言は、麗華さんはいつでも会える相手だから蔑ろにしてもいいという意味に聞こえました。
しかも康司さんが麗華さんを大切に思っている事を知っている上でああ言ったようでしたので、これは康司さんの思いも踏みにじっている事になります。
そして何よりも失礼なのは、この人が圭君を圭君という1人の人としては認識していないという事です。
"圭君"という名前は一度も呼んでいませんし、"瑞樹さんのところのお子さん"という認識なのでしょう。
それは圭君も瑞樹さんであることを分かっていないような……いえ、圭君を瑞樹家の一員ではなく、瑞樹家と近しくなるための存在のように捉えている感じがします。
さらには友達もいない圭君と仲良くなるチャンスはまだあると……実に失礼な方ですね。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「ん? あなたは……見慣れない子ね?」
「先程もお会いしましたよ」
「えぇ?」
「母さん。この人さっきもいた瑞樹さんの恋人の人だよ。兄貴が怒らせたっていう……」
「バカっ! お前……」
「康司? どういう事? 私は聞いていないわよ、そんな話!」
「これはその……」
流石に捨て置けなかったので、康司さんに話しているところに割り込むように声をかけさせてもらったのですが、私の事もさっき会った人だとは思っていなかったみたいですですね。
康司さんの弟さんは気付いていたみたいですが。
しかも弟さんの発言に驚いた康司さんのお母様は、また康司さんに詰め寄っています。
これはもはや掴みかかっていると言った方が正しいかもしれません。
「瑞樹さん達がどれだけその恋人を大切にしてるかって話はしたでしょう! それなのに怒らせただなんて……」
「確かに怒らせたんだけど、それはもう……」
「私も何度も聞くし、お父さんもいつもその子の話を聞いて来るのよ! 瑞樹さん達も凄い褒めていて、気に入ってるんだって!」
「あぁ、だから……」
「だったらあなたもあの子を褒めて仲良くなっておくべきでしょう! "素敵な彼女を選んだな"ってあの子を褒めるべきところなのに、まさかあの子から彼女を奪ったの!?」
……はい?
この人は何を言っているのでしょうか?
「母さん、誤解! 誤解だから……」
「仲良くなるどころか、あの子の彼女を奪ってしまうだなんて……いいえ、今からでも遅くないわ! 謝りに行きましょう!」
「な、なにを……」
「決まってるでしょ! 彼女を返すのよ! ほら、あなたも! あの子は確かに一緒いてもあまり楽しくない子だろうけど、いいところがあったからあなたも恋人になったのでしょう? 康司といる方が楽しいと思えたのだとしても、康司には麗華ちゃんがいるんだし、諦めてちょうだいね」
「……たしい事この上ないです」
「え? 何か言った?」
「あなたの言動が全て、腹立たしいと言ってるんですよっ!」
この人が何を言いたかったのかはよく分かりました。
私が思っていた以上に圭君に失礼だという事も。
だったら私は……
「腹立たしいって……」
「先程からの圭君に対する失礼な発言の数々を、私はこれ以上許容する事は出来ません! あなたのその不遜な振る舞いがまわりの皆さんを苦しめている事になぜ気付かないのですか!」
「あなた、何を言って……」
「圭君は圭君です! あなた方が瑞樹家に気に入られるための道具なんかじゃありませんし、康司さんだってあなたの思い通りに動く道具じゃないんですよ!」
「わ、私は別に……」
「そもそもですねっ!」
言い足りない事だらけでしたので、さらに言い募ろうと思ったのですが、
「ハルさんっ!」
という、大きな声に静止されてしまって言えませんでした。
今のこの声の主は、康司さんです。
「すみません、俺のせいで苦しめて……でもここは譲ってもらえませんか? 俺の問題ですから」
私の目を真っ直ぐに見つめてそう言った康司さん。
今日の最初に会った時、私を見て怯えておられた方とは別人に見えます。
「ハルさん、ここはおまかせしましょうか」
「……そうですね。分かりました」
後ろから私の手を引いて、優しく笑いかけてくれた圭君は、康司さんの方へと顔を向けると一度頷きました。
それを見た康司さんは圭君に無言で頷き返し、お母様と対面しています。
圭君は康司さんが自身の力で解決する事を望んでいるんですね。
それなら私も譲るとしましょう。
今の康司さんはもう、私に怯え、圭君と和解出来ていなかったあの時とは違うんですから。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




