万が一
珠鈴視点です。
「いつまでもここで喋ってると、観光する時間がなくなるぞ」
「あ、そうですね……」
「折角来たんだ。珠鈴もたくさん観光したいだろう?」
ハル姉にどう言おうかと悩んでいると、熊さんが声をかけてくれた。
まだハル姉には分からせられていないけど、時間がなくなってしまうのは困る。
観光もしたいし、お兄ちゃんへの誕生日プレゼントだってまだ決まってないんだから。
「とりあえず、上に行こうぜ」
「はい」
ハル姉と熊さんと一緒に、3人でこの塔の上へと登っていく。
まぁ登るとは言っても、エレベーターなんだけど。
「わぁぁぁああ! 凄く高いっ!」
「本当ですね! こんな風に見えるんですね!」
「ハル姉も来たのは初めてなんだもんね!」
「はい、この景色は驚きでした」
高い塔から下を見て、景色に喜こぶ私達に対して、熊さんはずっと辺りを警戒してくれている。
お蔭で変な人は誰も寄って来ないけど、なんか威圧しているみたいで他のお客さん達に申し訳ない……
あ、でもこれだけまわりに人がいないんだったら、ちょっと変な話をしてても大丈夫かもしれない!
「ねぇ、ハル姉? もし私が、ここから下に落ちたらどうする?」
「はい? えっと、かなりクリアに見えていますが、このガラスはそんな簡単に割れてしまうような薄いものでは……」
「いや、そうじゃなくてね?」
別に私はガラスが割れる話をしたい訳じゃない。
ハル姉の事を皆が心配してるんだっていうのを分かってもらいたいだけなんだ。
「こういう高い所から私が落ちたとしたら、ハル姉は私を心配して助けてくれるでしょ? 鳥とかに変身したりして」
「それはもちろんです! 絶対にお助けしますから、大丈夫ですよ。だから珠鈴ちゃんも、もっと身を乗り出して景色を見ても大丈夫です」
「あ、うん。あの、それでね? 仮にハル姉が落ちたとしたら、私も熊さんもハル姉の事を心配するんだよ? ハル姉が私を心配してくれたのと同じで……」
「ん? 先程珠鈴ちゃんも仰っていましたが、私は鳥に化けられるのですよ?」
「うん、それでも」
「別に何も心配する事なんて……」
ハル姉ならそう言うだろうと思っていた。
助かる事が分かっているのであれば、心配する必要はないというのがハル姉の考え方だから。
「じゃあ、下に大きなクッションがあるとします!」
「はい?」
「そこを私が飛び降りました! ハル姉は、どうしますか?」
「そんなの、すぐに鳥に化けて、珠鈴ちゃんを支えますよ!」
「クッションがあるのに?」
「クッションなんて、どれだけの衝撃を吸収出来るかどうかが分からないじゃないですか。それに、この高さですよ? 例えクッションといえど、落下による衝撃で、クッションもかたく感じてしまいます。助かるとしても骨折とか……」
そうか、クッションは普通に危ないのか……
私はあんまり物理の事には詳しくないからな……
そういうの言われると、難しい……
「珠鈴、まだ頑張ってたのか……」
「だって……」
「あの、私には珠鈴ちゃんが何の質問をしてくれているのかが、よく分からないのですが……」
「例えハル姉が鳥に変身して助かると分かっていても、ハル姉がここから飛び降りたりなんて事をしたら、私も熊さんも心配するんだよって事が言いたい」
「……」
「お前には理解出来ねぇだろうな。心配する必要はないとしか思わないんだから」
ハル姉は少し俯いてしまった。
これはやっぱり理解出来ないという事なんだろうか?
「……それは、万が一の場合を考えて下さっているという事ですか?」
「万が一?」
「実力の差から考えても、絶対に負ける訳がないという戦いだったのにも関わらず、敵を倒す事が出来なかった方を私は知っています……珠鈴ちゃん達は、そういうのが心配だと仰っているのですか?」
ハル姉の暗い様子……
なんか、嫌な事でも思い出させちゃったみたいだ。
でも、ハル姉の言ってる事は、私達が伝えたい事とは違う。
「そうじゃないよ。万が一が心配とかじゃなくて、常に心配なの。万が一なんて関係ない」
「……常に心配?」
「そう。強いとか、助かる手段があるとかに関係なく、その人の事が大切だからこそ心配に思うの」
「……そうなんですか」
ハル姉はまだ悩んでいるみたいで、私達が言いたい事を分かってくれた訳ではなさそうだ。
ただ、ハル姉の大切な人が、絶対に勝てると誰もが思った戦いで負けてしまった過去があるという事は分かった。
負けたその人は、どうなってしまったんだろうか……?
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




