咲夜
ハルさん視点です。
「いきなりの訪問、大変失礼致しました」
「いえいえいえいえっ! とんでもございませんっ! 大変光栄にございますっ!」
この地の守り神である泉の女神様に挨拶に来たのですが、かなり怯えられてしまっています。
一応畏まられる覚悟はしていたのですが、ここまでの反応というのは予想外でした。
「そんな堅くならないで下さい。私は仕事で来ている訳ではありませんし、ただご挨拶をしたかっただけですから」
「こんな場所まで御足労いただき……」
パンッ!
「え……?」
ずっと私に怯え、震えた様子で話していた女神様の顔の前で、珠鈴ちゃんが手を強く合わせました。
女神様も驚いて止まったみたいです。
「失礼でしたよね、ごめんなさい。でも、そんなに震えて喋っていたら、お互い挨拶にならないじゃないですか?」
「そ、それは……」
「私にはハル姉と女神様の関係性は詳しく分かりませんけど、少なくともハル姉をそんなに恐がる必要はないという事を知っています。だからもう少し、落ち着いて下さい」
女神様は目を大きく開いて驚いています。
珠鈴ちゃんはそんな女神様をしっかりと見つめ返しています。
いきなり神様という存在の会う事になってしまって、もっと動揺しているかと心配していたのですが、大丈夫そうですね。
そういえば、初めて御神木の土地神様を圭君に紹介した時も、圭君は全く動揺していませんでした。
珠鈴ちゃんも、あまり物事に動じない方なんでしょう。
これは健介さんか純蓮さんか、どちら似の性格でしょうかね?
「……ふぅ、珠鈴。感謝します。私も落ち着きました」
「それは良かったです!」
「ハル様、先程からお見苦しい姿を……大変失礼致しました」
「いえ……」
「私はこの泉の女神と呼ばれております。名は古くには咲夜と呼ばれておりました」
「咲夜様ですね」
珠鈴ちゃんのお蔭で大分落ち着きを取り戻したようで、咲夜様は丁寧な挨拶をして下さいました。
神様は沢山いらっしゃいますが、名のない方も多いです。
それは、人々の信仰によって生まれた神様なら、人が呼ぶ名を自身の名にしますが、土地から芽吹いた命で生まれた神様は、名乗るものが何もないからです。
咲夜様は土地から生まれた神様のようですが、信仰時に名をつけられていたんですね。
「古くにはという事は、今は呼ばれていないのですか?」
「はい、残念ながら……私としましては、結構気に入った名だったのですが……」
「夜の暗い闇の中でも、美しく咲くような神様だという名ですもんね! 素敵なお名前です」
「ハル様にそう言って頂けるとは……光栄です」
少し悲しそうではありますが、咲夜様は笑って下さいました。
とても美しい方なので、絵になりますね。
「あのっ! それって、伝えたらダメですか?」
「はい?」
「私のおじいちゃんとおばあちゃんは、よくここに来てると思うんですけど……」
「えぇ。瑞樹の家の者はよく来てくれますよ」
「でも、誰も泉の女神様のお名前までは知らないと思います。だから、ご迷惑にならないのなら、おじいちゃん達に伝えたいんですけど?」
「それは……ありがとう。とても嬉しい……ですが、今回私が姿を現したのは、ハル様がいらっしゃったからです。今後も来たとて、名を呼んでくれたとて、姿を現す事は出来ませんよ?」
「そうなんですねー」
「珠鈴?」
珠鈴ちゃんの軽い返事に、咲夜様は少し驚かれています。
もっと残念がると思われていたのでしょう。
でも珠鈴ちゃんは最初からそうだろうと察してくれていたんだと思います。
「瑞樹の家以外だと、信仰は少ないのですか?」
「訪れはあまりありませんが、信仰は昔から変わりません。ここにこの泉があることが知られている以上、この地の者達には泉に女神様がいると信じてくれていますから」
「それなら、大丈夫そうですね」
「ご心配、感謝致します」
信仰が薄いというのは危険ですが、それだけしっかりと根付いているのであれば、何の心配も必要ないでしょう。
「ねぇハル姉? その信仰って、なくなるとどうなるの?」
「……神様が消えてしまわれるんですよ」
「そっか……」
珠鈴ちゃんは少し俯いてしまいました。
折角泉の女神様に会うと喜んでくれていたところで、こういう重い話をしてしまいましたし……
でも、ちゃんと知っていていただきたいですからね。
今日お話出来て、良かったと思います。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




