元通り
圭君視点です。
圭君へ
足はもう大丈夫そうなので帰る事にしました。
直接お礼を言いたかったのですが、人が少ないこの時間を逃す訳にはいかないので、手紙で失礼します。
出ていく際にベランダを使わせてもらいます。
そのせいでベランダの戸のカギは、開きっぱなしになっています。
色々とご迷惑をお掛けして、申し訳ないです。
本当にお世話になりました、なりすぎました。
圭君も体に気をつけて、お仕事と勉強を頑張って下さい。
ありがとうございました。
ハル
手紙にはこう書いてあった。
それにしても本当にいきなりだ。
帰ろうと思っていたのなら、言ってくれても……いや、多分その場の思いつきで帰ることにしたんだろう。
勉強を教えてくれるって言った時も、浄化できるって言った時もそうだったけど、結構突発的に行動する人だからな……
もう、会えないのか……?
最初からハルさんはすぐに帰ろうとしていた。
それを足が治るまでという話でここに居てもらっていただけなんだ。
だから会いに来る必要性もないんだし、あんな特別な力を持った凄い人が、これ以上僕と関わる事なんて……
そんなことばかり考えていて、気がつけばバイトの時間になっていた。
眠れてもいないし、勉強も出来ていない。
なんなら、何も食べてない。
考えてもどうしようもない事なのに……
「瑞樹君、何かあったの? 元気がないみたいだけど?」
「え、そうですか?」
翌日のバイト中、店長に話しかけられた。
元気がない、か……そうなんだろうか?
今までも元気に仕事をしていた訳ではないはずだけど……
「ずっと心ここにあらずって感じだよ?」
「すみません、ちゃんと働きます……」
「仕事は出来てるよ、流石だね。そうじゃなくてね? 頼りないかも知れないけど、何か悩んでいるのなら相談くらいはのるよ」
相変わらず店長は優しい人だ。
でも相談をするにしても、なんて相談すればいいのかが分からない。
というか、僕は何に悩んでいるんだろう?
ハルさんがいなくなった事か?
そんなの、怪我が治ったんだから当たり前だし……
「今日さ、車で猫を轢きそうになってさー」
「あーあるある。猫とか急に飛び出してきたりするよなー」
2人の若いお兄さんが話ながら入店してきた。
猫を轢きそうになったらしい……
えっ、猫を? 轢いた……
「あ、あの! 轢いてはいないんですよね?」
「え? あー店員さん、猫派の人?」
「あ、あ……大変失礼致しました」
「大丈夫っすよ。轢いてはないです。安心して下さいね」
「そうですか……」
思わず話しかけてしまった……
優しいお客さんでよかった。
この人からしたら、僕は急に話に入ってきた変な奴なのに……
「瑞樹君、もしかして……この間の猫、いなくなったの?」
「あ、えっと……家に帰ったらいなくて……」
「それで元気がなかったのか」
「すみません……」
お客さんが少ないとはいえ、元気のない店員なんて迷惑に決まってる。
しかもお客さんにまで迷惑をかけてしまった。
本当に、僕は何をやってるんだろう……
「店員さんの猫、逃げちゃったんすか?」
「あ、すみません……そんな感じです。でも、怪我をしていたから拾っただけの、野良猫なので……」
「でも心配ですよね。猫、無事に見つかるといいですね」
「ありがとうございます」
僕を励ましてくれたお兄さん達は、会計を済ませてコンビニを出ていった。
本当に優しいお客さんでよかった。
こんな犯罪の多い町でも、人の優しさが溢れている事を実感する。
「ここの近くで怪我をしていたんだから、もともとこの辺を根城にしていた猫かも知れないね。黒猫って見分けつかないから見つけられないかもしれないけど、一応捜しておくよ」
「そんな、いいですよ店長。僕の猫って訳でもないですし、僕も無事かどうかが心配なだけで、捜してる訳じゃないですから……」
「そう? ならいいんだけど」
きっと僕の猫では無いにしても、本当に本物の野良猫だったら捜していた。
でも人だから……
普通に自分の家に帰っただけなんだから……
仕事が終わり、誰も待っていない家に帰った。
最近が少しおかしかっただけで、もともとの生活に戻っただけだ。
帰ってすぐにスープを作る必要もない。
風呂に入って、すぐに寝るだけだ。
起床後もいつも通りに1人でご飯、1人で勉強。
いってきますも、ただいまも、言う相手がいない。
今までだってずっとそうだった。
ほんの1週間程度、ハルさんと一緒に過ごしただけなのに……
いつも通りに戻っただけなのに……
なんでこんなに変な感じがするんだろう?
変な感じがするのは、急に生活が変わったからだ。
もう少し時間がたてば、元に戻れるはず……
「あそこの路地、猫の死体あったよ」
「えー、やだぁ! 近付かんとこ」
コンビニに行く途中、路地裏で猫が死んでいたという話を聞いてしまった。
自分でも自分の顔が青ざめたのが分かった。
いつもならそこまで気にしないのに、猫の話に過剰になりすぎてしまっているんだ。
とにかく、店長やお客さんには迷惑をかけないようにしないと……
「瑞樹君、大丈夫?」
「大丈夫です」
「そう?」
店長に心配されながらも、なんとか今日の仕事も終わらせ家に帰ってきた。
当然だけど、ハルさんはいない。
バイトから帰宅してすぐに風呂、その後睡眠、食事、勉強、食事、そしてまたバイト。
そんな日……もともとの生活の日々を、さらに何日か繰り返した。
ハルさんの事を考えると、心配からなのか少し胸は痛くなるけど、この生活にも流石に慣れて来た。
前と同じ生活なんだから、慣れも何もないんだけど。
昼ご飯を食べ終えて片付けていると、
ピンポーン
と、玄関のチャイムがなった。
僕には遊びに来る友達なんていないし、家族も仕事が忙しいから来ることはない。
おそらくセールスか何かだろうと思い、ドアスコープも覗かずにドアを開けた。
最初に目に写ったのはピンク色。
桜みたいに綺麗な、淡いピンク色の髪の綺麗な人。
僕は思わずその人の手をつかんで部屋に引き込み、抱きしめていた……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)